傷と秘密
村の北西、白の山脈の山裾の沢には、十数人の村人が集まっていた。
皆兢々として細い川の岸を見つめている。
ダリスはセスを停めるとひらりと下馬した。
「ハジ!」
強面の宿屋の店主を呼びながら、左手の手袋を取る。
身分を隠していることも、村人の反応も今はどうでもいい。
ハジが自分を呼んだ意味をダリスは理解していた。
ダリスに応えて、村人の壁の向こうからハジの声が聞こえる。
「ダリス!こっちだ!!」
ハジは痩せた少年の身体を抱え込むようにして膝をついている。
傍らには、血のついた矢と。
白い砂利の上に散る赤い飛沫。
「ダリス――頼むっ…!!」
横たわったシフェルーの顔には色がない。
固く眼を閉じて、長い睫だけがいつものように揺れている。
その胸元には穿たれた二つの穴。
小さな傷から夥しい量の血が溢れ出して、シフェルーの服も金に輝く三つ編みも、すぐ側を流れる清流も真っ赤に染まっていた。
「クソっ!俺は、回復魔法は苦手なんだ――」
ハジとは反対側に跪き、右手の甲で左の手のひらを――そこに埋め込まれた魔導士印章を――撫でる。
白い光がダリスの手の中から零れて、光の粒がシフェルーの矢傷に吸い寄せられては消えていく。
左手をシフェルーの胸元に置いて傷口を塞いでも、手のひらの隙間から踊る白い光。
信じられない光景に村人達は呆然とダリスと、その手から零れる光を見つめた。
「傷が、深いな…」
暫くして、ダリスが口を開いた。
瞳はシフェルーの顔を捉えたまま、その額には汗が浮かんでいる。
シフェルーの首の下に手を入れて、必死に呼びかけるハジ。
ダリスも声をあげて少年の名を呼んだ。
「シフェルー…!死ぬな!!」
――魔導士になりたいんじゃなかったのか。こんな、こんな所で、死んでいいのか!!
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