英雄と少年
香りの強い煙を吸いながら、火を消したばかりの自分の左手を見つめる。
正確には、手のひらに埋め込まれた魔導士印章を。
装飾品として加工するのが常の印章を無理やり埋め込んだので、手のひら全体が醜く歪んでしまっていた。
菱形の縁の周りの肉は火傷の痕のように盛り上がって、鑑賞に耐えない。
焦げた肉の匂いが、今にも漂ってきそうだ。
没収した偽の印章を取り出して、左手で握り潰す。
ジュッ、と低い音を立て手のひらの中で溶ける金属。
借りた部屋の扉を開ける頃には、それは跡形もなく消えていた。
翌朝。
起き抜けに昨夜と同じように左手で煙草に火を点ける。
くわえ煙草のまま髪を縛り、いつものように手袋をはめた。
革の黒は、ダリスを普通の村人にしてくれる。
軽く伸びをして部屋を出ると、食堂からシフェルーの声が聞こえてきた。
宴の片付けをしながら喋っているようだ。
「何で黙って行っちゃったのかなあ…。俺、纏わりつき過ぎたかな…」
会話、というよりハジはシフェルーの不満を聞いているだけ。
無言で椅子や食器を片付ける音だけがしていた。
「確かに、あんなに周りをうろちょろされたら、気が散るだろうな」
ダリスが言いながら食堂に入ると、ハジの瞳が緊張する。
「あ、ダリス。おそようー」
しかしのんびりとしたシフェルーの声に空気を和まされ、いつものようにハジも笑った。
「おはよう、ダリス。酒は抜けたか」
「ああ。悪かったな、部屋を汚して」
「片付けするなら一部屋も二部屋も変わらんさ。飯食うか?」
「ありがとう。少しもらおうか」
「何?ダリス昨日、そんなに酔っぱらってたの?情けなー」
「情けないのはどっちだ。うだうだと」
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