英雄と少年
「シャリムの名を騙[かた]って、食事や酒を奢らせ、女を漁る下品な詐欺師に、魔法を教える資格などない」
「詐欺師とは…随分な言い草ですね。そこまで言われては、わたしも黙っていませんよ」
シャリムは手のひらを上に向け、ボッと炎を二つ灯して見せた。
「魔法を使えることには変わりありません。炭になりたいですか?」
揺らめく炎の色を見ても、ダリスは焦りもしない。
それどころか。
「調べが足りないな…」
呟いて、細剣を引き抜いた。
黒い鋼の刀身の切っ先は偽者の剣のように尖ってはいない。
平らな両刃の剣は、ダリスが呪文を唱えると白い炎に包まれた。
それは確かに剣だった。
たった今ダリスが呪を唱え、杖と化すまでは。
「白き炎[シ・ハリム]。『シャリム』は通り名。その由来も知らないのか」
ダリスの纏う空気が昼間までとは違うのを、シャリムはようやく感じ取った。
「ま、まさか…!そんな、そんな筈が…『シャリム』は存在しないんじゃ…」
「生憎だな。俺はちゃんとここにいる」
白炎の剣の輝く先をダリスは偽者に向ける。
驚きと恐怖に見開かれた瞳に、白い炎が揺らめいた。
剣の先からはかなり距離があるのに、鼻の先に感じられる熱はかなりの温度だ。
「炭どころか…。灰の一つも残らないように、燃やされたいか?」
圧倒的なダリスの覇気に偽シャリムは腰を抜かして這いつくばった。
「ま、ま、待ってくれ!悪かった!謝るから…」
上擦った声で命乞いをし、みっともなく涙を流すのを見て、ダリスは言う。
「謝罪はいらない。偽の印章を置いて、すぐに村から出ていけ」
「わ、分かった…。分か、分かりました!!」
「ちゃんと金は置いていけよ。そして、」
剣を揺らめかせ、白い炎でカールした髪を撫でれば、チリチリと焦げた匂いが部屋に充満する。
「二度と、魔導士を騙るな」
不快感を露わにした灰色の瞳を鋭く細めて、ダリスは詐欺師を見下ろした。
偽シャリムの部屋を出て、煙草を取り出す。
マッチを求めて懐を探ったが、見あたらなかった。
どうやらどこかに落としてしまったらしい。
仕方なく左手の人差し指の先に火を灯して、煙草に点火した。
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