英雄と少年
ベッドの脇に立てかけていた剣の柄を握り、
「まさか、そんな護身用の細い剣で、わたしに太刀打ち出来るとは思っていませんよね?」
昼間と同じように馬鹿にしたように笑った。
「お前は、剣を使えない」
ダリスの落ち着いた声に、シャリムの肩がぴくりと動く。
「何を、言って…」
魔導士の言葉を遮るように、ダリスは続けた。
「何故なら、お前は偽者だからだ」
一呼吸置いて、シャリムは高らかに笑った。
「真顔でそんな冗談を言うなんて、案外面白い人ですね」
「お前は案外馬鹿だな。いや、思った通りか。そもそも魔導士にそんなに大きな剣は必要ないだろう。魔導士の恃みは己の魔力。剣や杖など補助に過ぎない」
その言葉にもシャリムは顔色を変えず、穏やかなままだ。
「村人とは違いますね。流れ者なんですって?どこかで本物のシャリムを見ましたか」
「そんな所だ」
「ふふっ。ここの村の人たちといったら!単純で扱いやすかったのですがねえ…。特に、あの少年」
笑い混じりのセリフにダリスは手袋を外した左手で剣の柄を包み込む。
鋼の柄が吸い着くような感触が手のひらに伝わった。
「村を離れて、わたしについて来たいと…必死でしたよ。御稚児趣味はないけれど、一緒に連れて行くのも悪くない。地味だけどまあまあ可愛い顔をしているし」
下品な笑いに、ダリスは声を震わせた。
「お前に、何が分かる…」
シフェルーの、魔法に対する強い憧れ。
即ち、力への。
それは、自分の無力さを痛い程知っているからだ。
父親と兄を戦で失い、母親を村への戦火で失い、一人残った姉は目の前で敵兵に攫われた。
何もできなかった自分を悔いて、力を求めるのは当然の事。
無邪気な少年が、そんな風に感じる必要などどこにもありはしないのに。
しかもシフェルーはそれを隠して明るく振る舞い、いつも笑っている。
「シフェルーに、何も考えずに魔法を教えやがって…。まだこどもだぞ!」
戦がなかったら、きっと両親と兄姉と幸せに暮らしていた。
少年の幸せを奪った戦が、心底憎い。
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