英雄と少年
ぶつぶつ言いながら印章の表面を撫で、見終えると短く礼だけを言いあっさりとシャリムに返した。
「今夜も、宿屋で宴を開くそうだ」
ダリスの言葉にシフェルーは手伝わなきゃ、と慌てる。
「ごめんなさい。シャリム様。ぼく、先に行きます。あとからゆっくり来てくださいね」
走りながら言う少年に片手を挙げて、シャリムは応えた。
後ろで結われた長い三つ編みを尻尾のように揺らし、軽やかな足取りでいなくなるシフェルー。
残されたダリスとシャリムには沈黙が流れる。
「戦に関する物がお嫌い、と言う割には…」
沈黙を破ったのはシャリム。
先ほどと同じように緩やかに笑みながら、ダリスの左腰の細剣を見下ろす。
「いつも帯剣しているのですね」
「護身用だ」
「ああ。それくらいの剣なら、身を守るのには、打って付けだ」
慇懃無礼なシャリムの態度にダリスは苛々と煙草を深く吸い込む。
ちりりと葉の燃える音がした。
「そういうあんたは、相棒はどうした」
「こんな平和な村では必要ないかと。あ、護身用は必要でしたね」
くすり、と馬鹿にしたように笑って、シャリムは背を向ける。
ダリスは並んで歩きたくなかったので、その場でマッチと煙草を五本ずつ消費してから歩き出した。
昨夜と同じような華やかな酒宴。
娘たちのはしゃぎ声と、陽気に歌う男たちの声は、夜半まで続いた。
ある者は千鳥足で自宅に帰り、ある者は家族に引っ張られるようにして宿屋を去る。
そのどちらでもない村人数人は食堂の床に転がって、鼾をかいていた。
「ったく。だらしねえな…」
ハジは寝入ってしまった友人たちに毛布をかけてやりながら、床に散らばったゴミを簡単に片付ける。
部屋の隅に座り込んだダリスを見つけて、驚いたように声を上げた。
「お前もかよ、ダリス」
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