英雄と少年

――なぜ、こうなった。

ダリスは心の中で思う。

その問いに対する答えは、きっと誰も持ち合わせていない。


宴の翌朝、シフェルーは食堂の片付けと雑貨屋の仕事をいつも通りに行った。

しかし昼になるとイマナの娘カヌの拵えたパンに揚げた鶏肉を挟んで布に包むと、魔導士シャリムと伴って店を出ていったそうだ。

昨夜のシフェルーのはしゃぎようを心配して、愛馬のセスを引き取りに来たついでに様子を見に来たダリス。

しかし二人の不在を知って、村中を歩き回る羽目になった。

なぜ自分がこんなことをしているのか、と疲れて煙草に火を点ける。

マッチを振って消し、草の上に放ると、シフェルーの声が聞こえるような気がした。

――『ポイ捨てしない!』

年上のダリスに対して、遠慮もなしにはっきりと物を言う少年。

しかしそんなシフェルーも、戦によって傷つけられたことをダリスは知っている。


年端も行かない少年が、他人の家で働き、世話になっているのはなぜか。

人前では明るい顔をして、村の外れの墓地で、こっそりと涙する理由も。


だからこそ、安易に魔法に手を出すのはやめて欲しいと思っていた。

なのに今、ダリスの目の前にあるのは。



呪文を唱える英雄を、瞳を輝かせて見つめる少年。

完全に、魔導の力に魅入られてしまっている。



シャリムの真似をして呪文を唱え、指先に小さな火花が散ると嬉しそうに笑った。

昨日と同じような華やかなローブのシャリムはことあるごとにシフェルーを誉め、可愛がっているようだ。

そんな二人の様子に苛立ちを感じて、ダリスは木の陰から飛び出す。

「ダリス?何やってんの、こんなとこで」

「それはこっちのセリフだ」

煙草をくわえたまま、にこやかな魔導士を睨む。

「シャリム様。印章を、見せてもらえるか」

意外ともいえるダリスの言葉に、二人は目を見合わせた。

「もちろん、喜んで」

首から下げた魔導士印章を、芝居がかった動作で差し出すシャリム。

「あなたは、魔導に関するものがお嫌いだと聞きましたが、何故ですか」

緩やかな声は『炎神』のものとは思えないほど柔らかい。

「少し違うな」

金の縁の魔導士印章を矯[た]めつ眇[すが]めつしながら、ダリスは笑う。

「戦に関する物事が嫌いなんだ。だから魔法も魔導士も嫌う」



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