英雄と少年
「いや。大丈夫。驚いて言葉も出なかったんだ。厩に魔導士がいるなら、セスを連れて帰るのはあとにするかな」
「おお。そうしな。宴をするから、準備を手伝ってくれ。手袋は邪魔になるんじゃねえのか?」
戦で負った傷を隠す為、左手だけに手袋をするダリスにハジはいつも言う。
誰も妙な顔をしたりはしない、俺の顔を見てみろ、と。
「準備は手伝うけど、宴には出ない」
手袋をしたまま、二階へ上がるダリス。
「魔法も魔導士も、嫌いなんだ」
その表情は歓迎とは程遠いものだった。
それからは、村中が大騒ぎだった。
ハジが連れてきた英雄の魔導士を囲んで、日も暮れぬうちに宿屋の食堂で飲めや歌えのお祭り騒ぎ。
ハジの姉、イマナとその娘のカヌは料理や飲み物の準備におわれて不機嫌だったが、村人は入れ替わり立ち替わりハジの宿屋を訪れた。
準備が終わったらさっさと帰宅しようと考えていたダリスも、ジョッキを持たされビールを注がれて帰るに帰れない。
仕方なく入り口近くの壁に背を預けて、上座に座る魔導士とそれを持て囃す村人を眺めていた。
カールした金の髪に、煌びやかな衣装を纏って、舞台俳優もかくやという面長の美男子。
炎の魔導士その人は、思いの外人好きのする人物で、村人たちの質問に気軽に答えている。
「シャリム様、どうして戦のあとぱったりと消えちまったんです?」
「英雄、と言えば聞こえはいいかもしれないが、わたしはたくさんの人の命を奪ってしまった…。わたしは彼らを弔う旅の途中なんです」
悲しげな顔をしながら、脇に置いた大剣の柄を撫でるシャリム。
「大きな剣…。それに、とっても重そう。こんな剣を持って旅をするのは大変では?」
村の娘の一人が言うと、シャリムはひょいと剣を持ち上げた。
「剣は、言わばわたしの相棒。この通りです。まあ、でも…。娘さん、貴女と同じくらいの重さはありますかね。試してみても?」
そう言って、シャリムは剣を机に立てかけると、娘を横抱きにする。
「これは…失礼した。わたしの相棒より、貴女の方が、ずっと軽やかだ」
きゃあきゃあとはしゃぐ若い娘たちに、年嵩の女たちは笑い、男たちは不安そうに見つめた。
戦のあと、村に帰ってきた男は少ない。
体力のある若者は前線に駆り出され、その多くは命を落とした。
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