英雄と少年
あまりに急に表舞台から姿を消したので、民の間には様々な噂が飛び交った。
城の奥深くに籠もり再び戦になる日を待っている、だとか。
戦の終わる直前に重傷を負い、勝利を見届けられずに亡くなったのだ、とか。
はたまた、そんな魔導士ははじめから存在しなかった、人々が作り上げた偶像なのだという噂まで。
それが急に、田舎の村に表れたと言うのだからどんな人物でも驚かないはずがない。
「魔法嫌いのダリスでも『シャリム』は流石に知ってるんだ」
落とした煙草を拾い上げ、シフェルーは言う。
「悪い。ところでお前、その噂どこで仕入れたんだ」
「さっきハジさんが町から帰って来た。ダリス、セスを貸したでしょう?厩にいると思う」
差し出した手に構わず、ひょい、と煙草をカウンターの上にあったトレーの裏に押し付けて、シフェルーは火を消してしまう。
焦げた臭いが鼻をついて、ダリスは顔を顰めた。
「ねえ、うちに泊まると思う?」
「…宿屋はここしかないんだから、そうなるだろ」
シフェルーの、平凡な顔がキラキラと輝く瞳と長い睫に縁取られて、不思議と華やかに見える。
「だよね!俺、一番いい部屋、掃除してくる!!」
言うが早いか、ドタバタと二階へ上がって行くシフェルー。
カウンターに寄りかかって新しい煙草を吸いながら、ダリスは店主のハジを待った。
ぼうっと紫煙を吐き出していると、すぐにハジは戻ってきた。
「お、ダリス。セスをありがとな。やっぱり速いなあ。いい馬は違う」
痩せた面に髭をたくわえた、目つきの鋭い五十がらみの男は、店内に入ってくるなり豪快に笑った。
村で唯一の雑貨屋兼宿屋の店主、ハジ。
ただでさえ迫力のある顔は、額から右頬にかけての大きな傷跡で一層凄みを増している。
「ところで、シフはどこ行った?」
「上。一番良い部屋を掃除するんだと。……ハジ、本当なのか」
「本当よ。今、厩にいるぜえ」
ダリスの問いに、ハジはニヤリと笑って言った。
左手を握りしめ、黙り込むダリスに店主は面白くなさそうな顔をする。
「もっと食い付けよ。…どうした?傷が痛むのか?」
革の手袋をしたダリスの左手を心配そうに見つめるハジ。
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