Rainy Days
満たされていないわけではない。
けれど、何かが足りない。
いつも、どこか。
雨が降っているかのようにどんよりとして、晴れない心。
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仕事を終えて家に帰ると同時に、電話のベルが鳴るのが聞こえた。
軽い足音の後、ベルが止まる。
直が、電話に出たのだろう。
リビングのドアを開け、電話の前に佇む直に声を発せずに、ただいまと告げた。
しかし、直はこちらを向いてはいなかった。
受話器を持ったまま、驚愕としか言いようのない表情で、硬直している。
不思議に思ったが、受話器の向こうに返事をする直の言葉で、その理由を理解した。
「…うん、元気だよ。…お母さんは?」
正直俺も驚いた。
直が家に来て一年が経つが、今まで一度も直の母親からは連絡などなかったのだから。
直の母親、つまりは俺の姉、竹中 春呼[タケナカ ハルコ]と最後に言葉を交わしたのは、直を家に預かるその日だった。
「尚哉さん。かわって、って。お母さんが」
直も母親と話すのは一年ぶりだろうに、保留ボタンを押して、俺に受話器を差し出す姿はあっさりとしている。
姉の、直に対する仕打ちを思えば、それも当然なのだろうが。
「ん。かわるよ」
「はい。僕、カバンなおしてくるよ。ちょうだい?」
受話器と引き換えに、直は俺の仕事用のカバンを持って、寝室へと消えた。
一つ息を吐いて、保留ボタンを押す。
「もしもし。姉さん、久しぶり」
『尚哉!久しぶりね。尚哉も直も元気そうで良かったわ。…直のこと、まかせっきりでごめんなさい』
耳元で聞こえる姉の返答に、一年と少し前、同じようにかかってきた電話のことを思い出した。
あの時も今日と同じで、俺が仕事から帰ってくる時間を見計らったかのように、電話のベルが鳴ったのだった、と。
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