Typhoon Area

一度、足を踏み入れてしまったら。

二度と、戻ることはできない。



****



窓ガラスが大きな音を立てて揺れたので、僕の体もビクンと揺れた。

「びっくりしたぁ」

驚きを隠すために口を開くけど、返事はない。
尚哉さんは外出中だ。
僕は一人で家に残って、留守番をしている。


一緒に行く、と言ったけれど。

「危ないから留守番。直は軽いし。飛ばされたら俺が困るからな」

そう言って頭を撫でられ、ほっぺたにキスをされては、黙って留守番するしかない。


何だかキスで誤魔化されたような気が、しないでもないけれど。


テレビで気象情報を確認する。
天気予報でお馴染みの緑色の日本列島の地図が、白い渦巻きに覆われていた。

リモコンを操作しながら、その白い塊の進路と、週間天気予報も見る。
僕にとっては、嬉しくない結果が表示されていた。

「あーあ…」

それを見て、今日何度目かになるため息が口からもれる。
この白い渦巻きと、週末まで続く傘のマークがなければ今頃。
そう思うと、自分でも気づかない間に、ため息が出てしまう。



学校は少し前に夏休みに突入した。
友達と遊んだり、今まで作ったことのない料理にチャレンジしてみたり。

楽しみはたくさんあった。

けれど、それより何より僕が楽しみにしていたのはもちろん、尚哉さんとの始めての旅行だったんだ。


そう、この白い渦巻きさえなければ、僕と尚哉さんは今頃、楽しい旅行中だった。


旅行客で混雑するピーク時を避けて、尚哉さんが旅行の準備をしてくれた。
夏休み直前の予約だったけど、いい宿がとれたと、楽しみだなと尚哉さんもそう言っていた。


僕も、旅行を目一杯楽しむために、夏休みのドリルを終わらせたり、着替えを準備したり。
尚哉さんに、まだ着替えをバッグに入れるのは早すぎる、と笑われてしまうほど。
すごく、ウキウキしていた。


それなのに。

この、台風。


窓のガラスがまた、ガタガタと揺れた。
その向こうでは、尚哉さんが僕を外に出すのを躊躇うほどの強い風と雨が猛威を奮っている。

「あーあ…」

もう一度、しょんぼりとため息をついて、白い渦巻きの動くテレビ画面にリモコンを向ける。


思いっきり強く、電源ボタンを押した。


プツンと小さな電子音をたてて、画面が真っ黒になる。
テレビ画面の白い渦巻きは消えても、窓の外の雲は消えない。

もちろん、そんなことは分かっていたんだけど。
これ以上、見ていたくなかったんだ。



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