ひらひら
「…行こうか、花見」
「うん?」
「行こう。ほら」
手を引いて、玄関へ促す。
「え!?今から?もう夜だよ」
「夜桜、だな」
戸惑う直の背中を押すようにして連れ出し、車を走らせて花見スポットへと急いだ。
家から少し離れた公園に着いて、車を停める。
桜は今を盛りと競うように咲いていたが、ライトアップはされていなかった。
規模の大きい公園ではないので仕方ないと思いつつ、直の手を取った。
「夜のお花見といきましょうか」
驚いたように口を開けた後、笑い出しそうになる口元を抑えて口を噤む表情が可愛らしい。
手を繋いだまま、桜の下を歩く。
公園の頼りない灯りだけだったが、足の下には花弁が敷き詰められているのが分かったし、時折、風に吹かれた枝がそよぐ音も聞こえた。
「直、歌うか?」
「歌わない。酔っ払ってないから。お酒持ってきた?」
家での会話を引用してからかうと、逆にからかわれてしまった。
冗談を織り交ぜつつ歩き続けて、他よりも一回り大きな樹の下に腰を下ろした。
「キレイ…」
目の前で踊る花びらに、直が口元を綻ばせる。
淡い春色の花びらが散って、ひらひらとその肩に着地する。
そんな風に、いつもとは少し違った一時を味わいながら。
幸せなばかりの、春の夜は更けていった。
優しい色をした、桜の花の下で。
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