指輪

ときめき、きらめき、ひたむき。

二人が忘れてしまったもの。





サイドテーブルに置かれた銀の環をこれでもかと睨む。

それでも、望んだように消えてくれる訳もなかった。

指輪そのものに恨みがあるのではもちろんない。

恨めしいのは、その輝きが物語る彼の幸せ。


午後十時のビジネスホテルの一室。

電話を終え、携帯電話を片手にバスルームから戻ってきた彼は、いそいそと服を着始めた。

「帰るのか」

「うん、陣痛が始まったって」

「予定より早いな」

「そうだね。まあ、そういうこともあるよ」

俺はまだベッドに横たわったままで、熱の余韻も醒めきっていないのに。

嬉々として帰り支度をする彼が、ひどく残酷な人物に思えた。

サイドテーブルに手を伸ばし、今にも二人の時間に終わりを告げようとしている。

「もう少し、いろよ」

「そんなこと言うなんて、珍しいね」

驚く彼に、心の中で言葉に出来ない感情が暴れた。



いつも、思っている。

もう少し、と。


けれどこの関係を持ちかけたのも、いつもホテルに誘うのも俺だ。

頼まなければ、指輪を外してくれることもしてくれないんだろう。
この男は。



「…行けよ」

どう断ればいいかと躊躇っている指に、指輪をはめてやった。

謝りもせず、振り向きもせずに彼は部屋からいなくなった。



胸の弾けるようなときめきも。
甘い一刻のきらめきも。
あの頃のひたむきさも。

全て、忘れて。


残ったのは、重いため息だけ。



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