眼鏡

銀のフレームに縁取られた、優しげに笑う瞳を。

僕だけのものにしたい、と思った。





冷房の効いた図書館の中は、オアシスと言える。

汗ばんだ体をすうっと包む空気に長く息を吐いて、本の詰まった重たいリュックを背負い直した。


自然と鼻歌が出てしまうのは、返却のカウンターにいるあの人に会える喜びから。

ぱたぱたと体じゅうに手をあてて、身だしなみを確認する。


汗は引いた。

服も靴も汚れていない。

自転車に乗って、乱れた髪も整えた。

返却する本はばっちりリュックの中。


いざ出陣とばかりに、鼻息荒く返却のカウンターへ行ったが、いつものお兄さんではなかった。

仕方なく持ってきた本を返して、あてもなく本棚の間の通路を歩く。

道を惑わす迷路のような、不思議な感覚。

何とはなしに見上げた書架にいつものお兄さんがオススメだと言っていた本を見つけて、手に取ろうと手を伸ばす。

背伸びをして、ギリギリ届かない背表紙を諦めようかとため息をついた瞬間、頭の後ろから伸びてきたのは白く長い指。

「夏休みも終わったのに、熱心だね」

細められた瞳と、優しげに撓んだ唇を首を反らせて見上げた。


カウンターに座っている時は気づかなかったけれど、彼はかなりの長身だった。

いつもは同じ目線の高さにあった、整った鼻筋に乗る銀のフレームに見下ろされて、僕の左胸は何故だかどきりと鳴った。



図書館にいる優しいお兄さんが、僕の中で。

『初恋の人』に変わった瞬間だった。



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