silver
病める時も、健やかなる時も。
若くして妻を看取り、男手一つで二人の子どもを育て上げ、経営する店も順調。
少しばかり生活に潤いを求めていた時、彼は私の目の前に現れた。
アンティークの並ぶショーウィンドウを、キラキラとした瞳で見つめていたあの頃の彼は、ただの元気な少年だったのだけれど。
「こんにちは」
いつものようにドアベルを鳴らして、ひょこりと現れた今の彼は、誰もが目を引く魅力的な青年になった。
「これ、お土産です」
私の好きな、パティスリーの箱を何の気なしに差し出して、
「すぐ食べるでしょう?紅茶、入れますね」
慣れた手つきでティーセットを準備する。
私は、知っている。
大人になった彼が、時々。
私に熱い視線を送っていること。
居眠りをしている私の白髪混じりの頭を、優しく撫でていること。
店を出たあと、切なげな顔で、こちらを振り返ること。
そして、その意味も。
彼の時間は速い。
反対に、私の時間は遅い。
あっという間に大人になった彼に、驚きを隠せない今の私。
けれど、まだ。
気付かない振りをしていたい。
日常的に彼のいる、心安らかな日々を。
失いたくはないから。
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