orange
この恋は、実るだろうか。
買い物袋をぶら下げて、通い慣れた道を歩く。
通りから少し外れた古い民家の軒を連ねる路地を、更に奥へ。
あまり大きくはない平屋の門を、呼び鈴も鳴らさず中へ入り、玄関の引き戸を開けた。
「邪魔するぞ」
一応、一言発してから、靴を脱いで廊下の左手の襖を叩く。
「おい。生きてるか」
中から返事はない。
「入るぞ」
ぱしん、と軽い音を立て、襖を開ける。
六畳の和室の庭に面した大きな障子窓のそばに、年季の入った文机が一つ。
その前に、いや正確には下に。
和服の男が寝そべっていた。
買い物袋を鳴らしながら、傍らに立つ。
「生きてるか」
「…半分だけ」
目を閉じたまま、唇だけを動かしてふざけた事を言う。
しゃがんで、和服に似合う黒い髪を一房つまんだ。
「風呂にも入ってないんだろう」
「んー…」
肯定も否定もせず、未だ動かないまま。
はあ、とため息をつき袋から果実を一つ手にとって、鼻の近くに近づけてやった。
「ほら」
甘い柑橘の香りに、ぱちと目を開かせて。
「ありがと」
俺の手は、果実ごと細い指に包まれてしまった。
触れられて、微笑まれるとそれだけで、どんなことも厭わないと思えてしまう。
だから、恋はキライだ。
←[*] 28/75 [#]→
MAIN