肌を滑るアルペジオ

何処からか聞こえてくるピアノの旋律に、廊下を歩んでいた少年が足を止めた。

自然と目を閉じ、耳を傾ける。




馴染み深い曲のような。
全く、聴いたことのない曲のような。




不思議なメロディーにすっかり聴き入っていると、突然、ぴたりと音がやんだ。

どう考えても曲の終わりではない、とその少年は感じた。

不思議に思って、暫く耳を澄ませていたが、曲の続きはない。

残念に思いながら、再び足を踏み出す。



廊下を突き当たり、階段の手すりに手をかけた瞬間。

まるでそれがスイッチだったかのように、甘やかなメロディーが再開した。



曲調に合わせて、リズミカルに階段を上る。

二階に近づくにつれて、旋律がはっきりとしてくるのが、少年には分かった。



耳に心地良いメロディーに、知らず知らずのうちに口元が緩む。



ところが、暫くするとまた曲が止まってしまった。



聞いていると、ピアノの音は曲の途中で止まったり、ある小節だけを繰り返し奏でたりと、落ち着きがない。



校舎内に踊る、音符を追って。

少年は遂に、三階にある音楽室の扉の前までたどり着いてしまった。


スライドのドアを少しだけ開き、隙間から教室内を覗き込む。

ピアノの前に座るのは、ペンを手にした線の細い少年。

ドアの隙間からでは、その背中しか見えない。


手にしたペンで、白い楽譜に黒い音符を書き込んでいく後ろ姿に、途切れ途切れの旋律の正体を見た。

そっと扉を閉め、少年は微笑む。



ドア越しに聞こえるのは、未完成のメロディー。



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