瞬きというシャッターで
「カメラ、持ってくれば良かったなぁ…」
前を歩く学生服の後ろ姿を、緩やかな足どりで追う。
両手の指をL字形にして、カメラを構えるように、指で作った長方形を校舎のあちこちに向けている、その背中を。
無機質な机の並ぶ教室。
置き忘れられたノート。
汚れてくもった磨り硝子。
土の匂いのする下駄箱。
「記念撮影もできたのにな」
突然振り返った笑顔に、俺はどうしても笑顔を返すことができなかった。
「?…何だよ。へんな顔してー」
そんな俺を訝しんで、こちらに歩み寄ってくる彼は、今日という日を少しも惜しんではいないようだった。
今日までは、同じ学校、同じクラスの誼(よしみ)があったけれど。
明日からは、もうない。
「…ちょっとくらい、しんみりしたっていいだろ」
彼への想いは言葉にできないまま、俺は学舎に別れを告げた。
「また、明日な」
帰り際、彼の放ったこの言葉が、いつもクセで発せられたのではないことを祈った。
苦いばかりの恋の思い出は、全て。
ここに置いてゆこう。
振り返って、もう一度。
春めき始めた日差しに照らされた校舎を見上げた。
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