「待ちなよ、ゴローちゃん」

俺がロッカーからトールさんの部屋の鍵を取り、キッチンへ戻った瞬間、きつめの声が飛ぶ。

「逃げるの?」

ゴローさんは、キッチンとトールさんに背を向けて、こちらに来ようとしていたようだ。

ロッカー室から戻ってきた俺に気づいて、はっと顔を上げる。

目が合うと、瞳が潤んでいるのが見て取れた。

さらに、濡れた瞳を伏せて、複雑な形に歪む唇。

何だか、今にも泣きそうな顔をしているように見えた。

「…っ!トールさん、ゴローさんに、何を言ったんですか」

二人に何があったかは分からなかったけれど、ゴローさんの表情を見ていられなくて、反射的にトールさんに詰め寄る。

「本当のコトを言っただけ」

「本当の事?」

「ミツの気持ちを知った上で、思わせぶりな態度を取って、でも自分の気持ちはハッキリさせない。そういうゴローちゃんを見てるとイライラする、って」

一息に言って、俺ではなく、ゴローさんの方へ行こうとするトールさん。

「俺がっ」

トールさんの歩みを阻みながら、

「それでもいいって言ったんです、イエスかノーかはきかないって!」

ゴローさんを庇う。

その行動は、更にトールさんを苛立たせたようだ。

「バカなミツ。すっかりゴローちゃんに騙されちゃって」

トールさんの言葉に、俺もカチンとくるものがあった。

思わず、向きになってしまう。

「トールさんには、関係のないことです」

口をついて出た言葉に、自分でも驚く。



俺も、トールさんも、俺の後ろにいるゴローさんも。

ただ呆然と、この苦い空気の中に立ち竦むことしかできなかった。



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