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その日は、俺が「Printemps」で働きはじめてから、一番忙しい日だったかもしれない。
夕方、俺がシフトに入ると同時に、イートインのお客がどっと入ってきた。
近くのイベント会場で、何か催しがあったらしい。
品の良い奥様方は、ゆったりとしたティータイムを楽しんだ。
そのせいで、トールさんは帰るタイミングを逃したし、俺はゴローさんをゆっくり見つめる時間を失った。
極めつけは、間に合うか間に合わないか、ギリギリの所で入ったバースデーケーキの急な注文だった。
ゴローさんがホールに入れば何ら問題はなかったが、ケーキを作れるのはゴローさん一人だ。
そんなに広くはないイートインスペースの奥様方と、何故かひっきりなしに来店するテイクアウトのお客様。
トールさんと2人、バタバタと対応し、いつの間に時が過ぎたのか、気づいたら閉店時間も間際だった。
「やー忙しかったねー」
疲れたー、と首をぽきぽき鳴らしながらトールさんが呟く。
「トールさん、俺やりますから、あがっていいですよ」
昨日も深夜までバーで働いて、今日も朝から働き通しだ。
しかも昨夜は俺のせいで余計な労力を使わせてしまっている。
閉店作業を引き継ごうと隣に立つと、トールさんはニヤリと笑う。
含みのある笑い方に、疑問を抱いたその時。
「気ぃ使わなくていいよー。朝まで一緒に寝た仲じゃん」
店中に聞こえるような、大きな声でトールさんは叫んだ。
おそらく、否、確実に。
キッチンにいるゴローさんにも聞こえたに違いないだろう。
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