もう少し、早く気付くべきだった。

いつも明るい、表情の下で。

トールさんが、本当は何を思っていたのか。





「トールさん、これ」

大学を終え、いつも通り店へ出勤した。

いつもと違ったのは、今日、朝までトールさんの部屋にいたということ。

預かった鍵を、バイトに来るなり俺はトールさんに渡そうとした。

鍵を差し出すと、トールさんは戸惑ったように、キッチンに視線を運ぶ。

「…今、手を消毒したばっかだから、あとで」

「でも、」

言いかけた俺を制するように、ベルが鳴り来客を告げた。

「「いらっしゃいませ」」

まだ着替えてはいなかったがカウンターに入っていたし、常連のお客様だったので、二人そろって挨拶をする。

「こんにちは。お久しぶりですね。内山様」

愛想よくお客様と会話を始めたトールさんにそれ以上話しかけることはできず、俺は鍵を持ったままロッカールームへ向かった。

「おはようございます。ゴローさん」

キッチンを横切る時、丁寧に挨拶をする。

「おはよう。ミツくん」

ゴローさんは最近、俺が名前を呼ぶとはにかんでいるように見える。

その上、格別の甘い笑顔でこちらを見て、はっと目を逸らす、の繰り返しだ。

――進展あり、かな?

靡く、までは行かなくとも。

ほんの少し、ゴローさんの表情が、態度が。

俺に向けられる時、特別なものになりつつあると思う。

たったそれだけでも、幸せだった。

急かなくても、良かったんだ。
俺は。



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