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思えば、きっかけは何だったか。
自分でも、もうよくは思い出せない。
調理中の、真剣な眼差しが好きで。
その視線の先にあるケーキになりたいと思った。
美しいケーキを作り上げたあとの、ふにゃりとした笑顔が好きで。
いつか間近で、その笑顔を見つめたいと思った。
魔法のように、クリームとフルーツでケーキを彩る繊細な指先が好きで。
出来上がったケーキに、思わず見とれてしまった。
仕事中の機敏な動作とはうって変わって、普段はのんびりした雰囲気な所が好きで。
両極端さに、戸惑いとときめきを感じてしまった。
焦茶色の細いくせっ毛が、ふわふわと揺れているのを見るのが好きで。
触れたら、どんな感触がするのかを想像してしまった。
いつも優しげに笑っているような、チョコレートの色をした瞳が好きで。
もっと、色々な表情が見てみたいと思った。
ゴローさんに纏わる、全てが。
好きで。
家にいても、学校にいても、友達といても。
ふとした瞬間にゴローさんの事が頭の中にちらついてしまう。
そういう全てを、表現する言葉が。
「恋」だった。
苦手なはずの甘い気持ちを受け入れて、胸に広がるときめきも痛みも。
あの日。
すべての想いを、伝えることができたと思う。
だから、次に俺がしなければならないことは。
「ゴローさん。この前の返事、きかせてもらえませんか?」
仕事終わり、告白をした時とは逆に、俺からゴローさんを呼び止めた。
ゴローさんの想いを、知ること。
もう、後戻りはできない。
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