15
クリームの海。
シュー生地の浜辺。
キャラメルの川。
スポンジの樹海。
チョコレートの滝。
ジャムの沼。
ゴローさんに、たどり着く為に制覇しなくてはならないもの。
「あ、ミツくん。ちょっと待って!」
閉店作業を終えて、着替えに行こうとゴローさんに声をかけたら、引き止められてしまった。
「何ですか?」
不思議に思って、向き直る俺に、すぐに済むから!とゴローさんは冷蔵庫を開けて小さな皿を取り出した。
純白の皿の上には、ちょこんとのった、二つのエクレア。
「…、ゴローさん試食なら、トールさんの方がいいんじゃ?」
ケーキ屋で働く割に、甘いものが苦手な俺はいつものように少し引きつった顔で言った。
「これは、ね」
ゆっくりと、俺に皿を差し出しながら、ゴローさんが愛おしそうにエクレアを見つめる。
「どうしても、ミツくんに食べて欲しいんだ」
首をほんの少し傾けて、潤んだ瞳でゴローさんにそう言われれば、俺に抗う術はない。
「いただきます」
小さなエクレアに手を伸ばし、思い切って口に入れた。
口の中に甘味がくるのを覚悟していた俺は、舌に広がる香りに目を見開いた。
「甘く、ない」
鼻に抜けていく芳ばしい香りはコーヒーのもの。
気にならない程度の甘味が口の中にかすかに広がって、最後に残ったのはコーヒーの苦味だった。
「これ、美味いです。ゴローさん」
俺の言葉にほっとしたような顔をして、
「良かったー。ミツくんにも僕のつくったものを美味しい、って食べて欲しかったんだ」
そう言って微笑うゴローさんに、俺は抑えきれない衝動を感じて。
ゴローさんの調理服の、白い袖を引く。
「ミツ、くん…?」
そのまま、ゴローさんの体を腕の中におさめた。
溺れても、足をとられても、流されても、迷っても、巻き込まれても、沈んでも。
俺は、必ず。
ゴローさんに、たどり着いてみせる。
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