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「そもそも、ミツってさあ」
例によって、ケーキの試食会の日。
甘いクリームに辟易して青ざめる俺に、左手に握ったフォークを休めることなくトールさんが言う。
「こんなに甘いものが嫌いなのに、何でケーキ屋で働いてんの?」
俺の皿に残ったケーキにまで、トールさんのフォークは伸びる。
正直、有り難い。
俺は一個につき一口でギブアップだ。
「最初、居酒屋で働いてたら…」
せり上がってくる甘みを飲み下しながら、トールさんの問いに答える。
「オーナーが視察に来て、もうすぐオープンする店で働かないか、って言われたんです」
言葉とともに、オーナーに始めて会った時のことを思い出した。
若者向けの雑多な居酒屋にはあまりそぐわない、ビシッと決めたスーツ姿で、スタッフルームに入ってくるなり、
「君は、磨けば光るね」
「は、あ……?」
不信な目つきでオーナーを見つめ返す俺に、更に言葉は続いた。
「もうすぐ新しい店が出来るんだが、君、そこで働かないか?」
「居酒屋、ですか?」
「いや。ケーキ屋」
「ケっ…!」
引きつる俺に、何かを察したのか、オーナーはたたみかけるように放った。
「時給はここの、1.5倍出す」
「よろしくお願いします!」
「ふ…。単純」
話を終えると同時に、トールさんが間髪入れずに笑いながら言う。
「自分でも、そう思います。でも…、あ。ちょっと」
新しい試食品を運んでくるゴローさんを視界の端に捉えて、手伝おうと席を立つ。
「ありがとー。ミツくん」
律儀にお礼を言う、ゴローさん。
その柔らかな笑顔にあてられて、頬を染める俺。
「ああ。はいはい…。今は、幸せです。ってね」
頬杖をつきながら、こちらをニヤニヤ顔で見つめてくるトールさんが、俺の言いたかったことを先に言ってしまった。
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