12
「ミツー!!待ってたよー。あのさ、お願いがあるんだけどぉ」
猫なで声でおねだりをする成人男子なんて、目の毒以外の何者でもないはずなのにトールさんだとそんな感じはしない。
「何ですか?」
「明日の夜、チョウコさんとこに急きょ団体さんの予約が入っちゃってさぁ。午前だけしか出れないんだけど、午後のシフトお願いできないかな?」
「春休みでヒマだから、別にいいですよ」
「サンキュ!よかったー。ミツならそう言ってくれると思った。お礼にチューしてやろっか?」
にひっと笑うトールさんもまた、魅力的だ。
めまぐるしく変わる美しい表情がすこしだけ羨ましい。
でも、
「ちゅーはいりませんから」
さすがに、そんなお礼は遠慮しておいた。
「春休みかぁ…懐かしい響きだなー」
ゴローさんも奥から顔を出して会話に加わる。
「春休みはないけど定休日はあるじゃん、ゴローちゃん」
「そうだねえ。…今度の休みは久しぶりに映画でも見に行こうかなー。学生みたく」
――もしかして、これはチャンスなのでは??
「ゴ、ろふっ!」
「「!?」」
「……すみません。舌かんだだけです。俺、とりあえず着替えてきます」
「あ、うん」
「いってら〜」
舌をかんだ事が恥ずかしく、急いでロッカールームへ向かった。
『ゴローさん、良かったら俺と映画に行きませんか?』
――何で、その一言を言うだけなのに噛むんだ…。
もどかしい気持ちで、ロッカールームの扉を勢い良く開けた。
←[*] 12/43 [#]→
目次へ
MAIN