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「さて皆さん!素敵な季節がやってきました!!」
月始めのミーティングに久しぶりに参加したオーナーのテンションが異様に高いと感じているのは、多分俺だけではないと思う。
「女性にとって、2月の大イベントといえば!はい、そこの無愛想な君」
妙なテンションのまま無愛想呼ばわりされ、指をさされた俺はテンション低めのままに答えた。
「バレンタインデー、ですよね」
「その通り!!」
オーナーがすぐさま応え、ゴローさんとトールさんとチオウさん(何故かいる)が拍手をする。
4人とも、尋常じゃないくらい眼がキラキラと輝いていて、はっきりいって少しこわい。
けれど、ゴローさんだけはやっぱり少し別。
「ミツ、君はこの素敵なイベントに少しもときめかないのかい?」
素敵なイベントに眼をキラキラさせているゴローさんの姿にときめいています。
とは、言えるはずもなく。
「はぁ…少しだけ、なら」
「少しではダメだ」
わざとらしく人差し指を立て、ちっちっちっと左右に振るオーナー。
「大いにときめいてもらうために、ミツ。これをプレゼントしよう」
オーナーが取り出したのはショッキングピンクのラッピング。
かと、思いきや。
そのまま、ショッキングピンクの色をした、ネクタイだった。
――まさか?
「バレンタインデーが終わるまで、このネクタイが制服だ」
ゴローさんとトールさんにも同じ色を手渡しながら、満足げに2月の店スケジュールを話始めるオーナー。
特に嫌がる様子もなく、ショッキングピンクを受け取る、ゴローさんとトールさん。
そりゃあ、2人なら違和感なくショッキングピンクのタイだって着こなせるだろう。
だけど、どう考えたって、俺には似合うはずがない。
「ちょっ、待っ…」
ささやかな抵抗の言葉はしかし、ゴローさんの次の言葉にかき消されてしまった。
「楽しみだねえ」
――バレンタインデーよ、早く終わってくれ。
ケーキ屋で働く者としては、あまり相応しくない俺の考えはぐるぐるとまわって。
オーナーの話の半分も頭の中に入らなかった。
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