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俺の働く、ケーキショップ「Printemps(プランタン)」には従業員用の通用口と、お客様用の正面玄関がある。
開店中、スタッフは店にかかりっきりになるので通用口のドアはもちろん施錠済み。
なので、スタッフも出勤するときは正面玄関から入店するのだが、お客さんがいたりすると少し入りづらいものがある。
なぜなら、お客さんの9割が女性だからだ。
オレの容姿は、はっきり言ってケーキショップとはかなりのミスマッチだと思う。
「あ、ミツ。おはよ」
今日はショーケースの前にお客さんがいなかったので、ほっとしながらドアを開いた。
「おはようございます。トールさん」
ドアベルの音とともに響くケーキショップにはそぐわない俺の低い声に、イートインスペースで優雅なティータイムを楽しんでいる何人かの主婦がこちらを向く。
遠慮なく向けられる視線に居たたまれなさを感じて、さっさとショーケースの内側に入り、キッチンへ。
「ミツくん。おはよう。久しぶり」
キッチンへ入るとゴローさんがにこやかな笑顔で迎えてくれた。
「…おはようございます」
ゴローさんの顔を見た瞬間、この間見た夢のことを思い出して耳が熱くなる。
「試験はどうだった?」
ゴローさんが俺の気持ちに気づくはずもなく。
「まぁ、普通にできました。…俺、着替えてきます」
向けられる笑顔に何となく後ろめたさを感じて、ロッカー室に逃げてしまった。
――あの夢が、現実になればいいのに。
そう思わずにはいられない俺だった。
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