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今日も、ケーキにデコレーションを施すゴローさんの指先を見つめて、俺の手は止まる。
そんな俺を見て、近くで床にモップをかけていた、トールさんは言った。
「恋してるね、ミツ」
さっとトールさんの方に顔を向けると、そこには不適な笑み。
明るい色に染められた肩にかかる髪と、その口元に抗い難いものを感じる。
「ゴローちゃんは鈍いから、言わなきゃ伝わんないよ」
モップの柄にあごをのせて、くすりと声を漏らすトールさん。
「別に、俺は…」
――ただゴローさんを見つめているだけで、いいんだ。
伝えてしまったら、後戻りできなくなる。
そう、こうして、見つめる事さえも。
できなくなってしまうかもしれない。
俺の心の中を読んだのか、トールさんはモップを片付けながら口を開いた。
「まーそういう考えもアリだけどね」
店の入り口に向かって笑顔を向けながらトールさんはショーケースの方へ歩み寄る。
チリリン、と軽いベルの音がなって、本日最初のお客様がご来店。
「いらっしゃいませ」
柔和な営業スマイルでお客様に向かって一声。
その笑顔のまま、トールさんがすれ違い様に耳元で囁いた言葉に、俺の心はざわざわと泡立った。
イートインスペースのまろやかな木の温もりも、艶やかなガラスの光も、それを落ち着かせる事はできない。
――ぼやぼやしてると、ああいう押しの強そうなお姉様方に、とられちゃうかもよ?
こんなにざわつく俺の心を、穏やかな気持ちにさせてくれるのは、きっと。
ゴローさんのあの白い指で触れられた時だけだ。
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