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009.風邪ですか
「真子ちゃんが!?…はい、はい。わかりました。…あ、大丈夫です。今から迎えに向かいますね。…はい、ありがとうございます。えっと…あ、はい。すみません、失礼します。」
ざわざわとしたお昼休みの教室にて。突然鳴った携帯を取り出してディスプレイに表示された着信元の"保育園"の表示を見ただけで、これは只事ではないと思った私は廊下に出て、電話に出た。
すると案の定、真子ちゃんが熱を出したとの事。何と無く朝から元気が無いとは思っていた。だけど熱を計ってみてもいつもと然程変わりはなかったし、気分が悪いのと聞いてみても大丈夫だと言っていたから保育園に連れて行ってしまった…
「無理させちゃったんだ…」
「えっ、麗華帰るの?どうしたの?」
教室に戻って真子ちゃんに無理させてしまったことを申し訳なく思いながら自分の席に戻って帰宅する準備する支度をしていると、前に座っている友達に声をかけられた。
「あ、うん。ちょっと子供が熱だしちゃってね、」
「子供!?」
「あっ、違う違う。子供って言っても、幼馴染の妹で…」
「ビックリした〜!あ、でも前にそんなこと言ってたよね?黒子とも幼馴染で一緒に住んでるんだったよね?」
「うん、一緒に住んでるよ。あ、そうそう、テツヤー」
「!…はい。」
友達と話し終えるとちょうどいいところにちょうどいいタイミングで私の後ろを通ったテツヤに話しかける。
「真子ちゃんが熱だしちゃったみたいだから、お迎えと病院行ってくる。」
「本当ですか、分かりました。緑間くんには僕から連絡いれておきましょうか?」
「本当?助かる。後でまた病院行ったら私から連絡入れ直す、って言ってもらえるかな」
「はい。ひとりで大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫、ありがとう。テツヤも火神も部活頑張ってね」
「はい。」
「お、おう…」
完全空気な存在になっていたかと思えば、最後に俺にいつも通りそう声をかけて鞄を持って焦った顔をして教室から出て行った。
そういやアイツ、ガキのこととか家事とか、家のことでいつも忙しそうだな…
「つか月って、黒子が背後にいても分かるんだな。…凄くね?」
「昔からそうですよ。麗華さんには、僕の影の薄さは通用しないみたいです。」
「すっげーな、しかもさっきお前ビビってたしな」
「…してません。」
「いや、してたろ。まさか背中向けられてる人から名前呼ばれると思ってなかったから驚いたんだろ?…つか俺でもねえよ。なんで背中向けてんのにわかんの?」
「知りませんし、してませんっ。何度言えば分かるんですか、バ火神ですかっ」
「はぁ?黒子はホンット頑固だよなー」
するとお昼休みの終わりと、五時間目の始まりを告げるチャイムが鳴る。先生にはちゃんと言って迎えに行ったのか、出欠をとる先生は麗華さんの事情をどうやら知っているみたいだった。
ぽつんと空いている麗華さんの席を見つめながら、思う。
どうして彼女は、いとも簡単に僕を見つけてくれるのだろう。と。
それに、火神くんにはああ言ったけど、実は少しビックリした。僕に背中を向けている人から名前を呼ばれて気付かれるなんて無いに等しいから。
「すみません、緑間真子ちゃんをお迎えにきました、月です。」
今は時間的にお昼寝の時間なので、直で職員室に顔を出すと、ひよこ組の担任の先生がホッとしたような表情をすると、真子ちゃんがいるという部屋まで案内してくれた。
「真子ちゃん…」
「あれ、麗華?コホッ」
「辛かったよね、ごめんね朝ちゃんと気付いてあげられなくて…」
ひよこ組のお友達からは隔離されて、ひとりで部屋の真ん中でお布団を敷いて寝ていた真子ちゃんに寄り添って、熱で真っ赤になっている頬に手を当てる。
するとはじめは私が今の時間にいるとこが不思議なようで目を丸くしていたが、私の当てた手が冷たくて気持ちいいのか、目を細めて笑った。
それに安心して、私も優しく笑った。
「本当にすみませんでした。以後気を付けますので…」
「大丈夫ですよ。それに麗華さん学生さんでしょう?朝も忙しくて、今だって学校抜けてきてくれてるんだから、立派なものですよ。」
身支度も済んで園から帰る前に、迷惑をかけた担任の先生に謝ると、ベテランなその先生はこんな私に安心するような笑顔を向けてくれた。それに、褒めてくれた。
子供たちが大好きだというように、私もこの先生が大好きだ。
「ありがとうございます…後の子たちは、また時間を置いて迎えにきます。」
「分かりました。何か都合の悪いことがあれば、連絡して下さいね。真子ちゃんも、麗華さん来るまでによく頑張ったわね、お大事に。」
「うん…先生ばいばいなのよ」
「今度会う時は元気な姿で会いましょうね」
こんなに辛そうなのに歩かせるわけにはいかないと、真子ちゃんをおぶったまま先生に一礼をする。
四歳の真子ちゃんは前より重くなった気がする。…いや、確実に重みを増している。それに最低限のものしか入れてない鞄の重みもプラスされて、腕が折れそうだ。このままあと何十分も歩き続けるかと思うと先が思いやられる…
「真子ちゃん、お家帰ったらすぐに病院行こうね」
「おちゅ、しゃ…?」
「うーん、今日はお注射ないと思うなー。風邪で辛いから、先生に看てもらって、お薬もらって楽になろう」
「うん…コホコホッ」
それから、家にやっとの思いでついた頃には頑張った腕は痺れていて、真子ちゃんにもう少し暖かい格好をさせて子供用のマスクも付けさせて、水分もとらせてから、今度は前に子供用のイスが付いている自転車に乗って病院に向かった。
病院に着くと、平日の昼どきとあってかそこまで人は多くなかった。受付を済ませて順番が来るまで待合室のイスに座って、頭を撫でてあげる。
「眠くない?辛くない?気持ち悪くない?」
「うん…コホッ」
「帰りにゼリーとアイス買って帰ろうね。」
「かう…コホコホ、コホッ」
「緑間真子ちゃーん、緑間真子ちゃーん」
「あ、はい。」
どうやら順番が来たらしい。カルテを持って名前を呼んだお姉さんの元へ寄ると、2というプレートがかかっている扉の前のイスに案内されて、中からもう一度名前を呼ばれたら入って欲しいと言われた。
「あとちょっとだからねー、頑張れ真子ちゃーん」
「あとちょっと…」
「真子ちゃん食欲あるかな?お腹減ってたら消化のいいもの作るけど…」
「ううん。いらない…コホコホッ」
「そっか…」
でも薬を貰うからには何かしら食べさせないといけないなー。と考えていると、中から今一度お呼びがかかった。
「このお薬は、朝昼晩飲んで下さい。この粉薬は、夕食後にのみお願いします、それからこの錠剤ですが…」
みんなで一緒に住んでから子供を病院に連れて来るなんて始めて。だから少し不安だったけど、近くにあるこの小児科病院は前々からお世話になってるらしくて、担当の先生も高校生の私にも理解できるように優しく教えてくれた。
大したことのない風邪だというので、二日か三日ほど休養を十分にとればまた元気になるという。薬も処方してもらい、辛いけど頑張ってほしいとスーパーまで寄り道して、それから家でゆっくり休ませることにした。
「真子ちゃん、お腹空いてないって言ってたけど、お粥かおうどん、どっちかなら少しでも食べられるかな?」
「おうどん、なら…ちょっとたべたいの」
「本当?良かった。それじゃあ、今すぐに用意するから、どこか楽になれる場所にいてくれるかな」
「うん…コホッ、」
取り敢えず少しでも胃に食べ物入れてもらって、薬飲ませて寝かせて…その後に様子見て他のジュニア迎えに行こう。
今日はできるだけ真子ちゃんの傍にいてあげたいな…。寝込んでる時って、すごく寂しくなるものだもんね。そういえば、私が小さい時に熱出して寝込んだ時、みんなずっと一緒にいてくれてたっけ…
「あっ、連絡入れておかなきゃ」
思い出したように携帯を取り出して、真太郎に真子ちゃんのことについて連絡を入れる。
"大したことのないただの風邪だから、少し休めばまた元気になるらしいよ"と。
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