「白蘭さん、離れてください」
「んーイヤ」
語尾に音符でも付いているかのような断りを頂いた。毎日言ってもこれだから離れてくれるとは思ってなかったけどさ。
私は白蘭さんの秘書をやっている。多分始めて5ヶ月くらい?
最初はお偉いさんの秘書なんて、と萎縮もしていたけれど、今ではこの人に悪態だってつけるほどになった。
「白蘭さん、」
「ねえ、いつになったらボクのこと名前でちゃんと呼んでくれるの?」
「一生呼びませんよ」
「えーなんでー」
「白蘭さんは私の上司です。それに私より年上の人を軽々しく呼び捨てになんかできませんよ」
「コイビトドウシなのに?」
「それだって、白蘭さんが一方的に言ってるだけじゃないですか…」
私が何を言ってもニコニコとした表情は一切変えずに受け答えをする白蘭さん。
いっつも白蘭さんのペースで話が進む。掴めない人だなあ、本当に。
「で、白蘭さん。いい加減離してください」
「だからイヤだってー」
「困ります!仕事にならないじゃないですか」
「そんなの後にすれば?むしろ今日は仕事しないとか」
「もっと困ります!白蘭さんだって仕事があるんですから!!」
「えー」
「えーじゃありません!っていうか白蘭さん、今日は朝一で正一さんのところ行くんじゃなかったんですか?」
「あれ、そうだっけ?」
そうですよ!と大きな声で一喝。
昨日正一さんが新しい実験の結果が出たとかで白蘭さんに話を申し出ていたはずだ。
ただ昨日はスケジュールの関係で合わず、今朝にと約束をしていたはずだ。約束は10時。今はもう11時だ。
「白蘭さんったらまだ着替えてもいないんですから!早くしないと正一さんが痺れを切らして…」
「白蘭さんっ!!」
「……ホラ」
「やあ、正チャン」
白蘭さんを説得していれば予想通り、正一さんがやって来てしまった。
正一さんはいつものように困り顔で、白蘭さんはニコニコだ。ちなみに私は呆れ顔。
「白蘭さん!なんで昨日言ったのに来ないんですか!!」
「ゴメンゴメン、忘れてた」
「忘れてたって…!」
「すみません、正一さん。私がしっかり白蘭さんにスケジュールを再度確認しなかったから…」
「あ、いいんだよ名前ちゃん。どうでいつもみたいに白蘭さんが言うこと聞かなかったんでしょ」
「人聞き悪いこと言うなー」
「事実じゃないですか…」
私と正一さんで白蘭さんをジト目で見る。
尚も表情を一切変えない白蘭さん。
すると白蘭さんは正一さんを一度見たあと、私に目をやって緩く私を抱いていた腕をきつく締めた。
「きゃっ」
「悪いけどさ、正チャン。ボクは仕事なんかより名前と一緒にいることを優先するから」
「なっ、何言ってるんですか白蘭さん…私なんかより、仕事優先してくださいよ…」
「んーん、そんなこと、ボク出来ない」
コイビト>オシゴト(恋愛至上主義)
「ボクの世界は今じゃ名前中心に回ってるの。だから他の事なんてさ、二の次三の次だよ」
「………バカ、じゃないですか…」
「照れる名前も可愛いね」
(…はあ、白蘭さんったら名前ちゃんにすっかり夢中だ)
END
2012.03.11
(タイトル微変更)
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