「名字先生、ちょっとこっち手伝ってください!」

「あ、はいっ」


バタバタと慌ただしく先生たちが動き回る放課後。
今日は2月29日。明日は3月1日、卒業式だ。
明日は卒業式ということもあって授業は全学年午前授業。
昼過ぎの今、私たち教員は明日にむけて大忙しだ。


「名字先生、3年生の教室の廊下に貼る展示物お願いできますか?」

「あ、わかりました。去年と同じようにやればいいんですよね?」

「うん、お願いします」


先輩の先生に言われて私は展示物を持って3年生の教室の方へと向かう。
来賓の方からの祝辞などを貼る仕事。去年もやったから、これは割と楽だな。
そう思いながら1組から順に廊下の掲示板に物を貼っていく。


「よし、あとは9組の所だけね…」


40分ほどかけて1組から8組まで回る。
ついでに各クラスの中に入って教室内を見ていたから時間がかかってしまった。
各学級の担任からの言葉がい書いてあったり、生徒たち思い思いの言葉が書いてあったり、自由で面白い。
この学年は私の赴任1年目から一緒の学年で、担任ではないけど思い入れは強い。
だからだろうか、去年よりも胸が締め付けられる感じがするのは…。


「……あれ?」


9組の前を通れば、そこにはいるはずがないのに人影が。
私は疑問に思って掲示物を貼る前に教室内へと入った。
ドアを開ければ、背を向けていた人物がこちらを振り向いた。


「お、来たっ!!」

「た、田島くん!」


振り向いた人物は、すごく見覚えのある人。
9組のムードメーカーで、学年で1番パワフルで元気で、無邪気な笑顔を絶やさない、西浦高校野球部が始まって3年間ずっと4番を打ち続けていた、田島悠一郎くん。


「どうしたの、田島くん。もう生徒たちが帰って2時間は経つよ?」

「ん、明日卒業式だなーって思ったらさ、なんか帰んのもったいなくて」

「クスクス、その気持ちわかるなあ」

「先生もそーだった、とか?」

「そう。私も高校生の時は卒業式前はなんだかこの教室が名残惜しかった。卒業式当日なんて泣いて泣いて視界がぼやけちゃうじゃない?だから前日にしっかり目に焼き付けておこー、なんて思って」

「へー…。ねえ、先生ってどんな高校生だった!?俺聞きたい!!」

「え?んー…じゃあ、特別に」


田島くんの願いを聞いてあげることにした。

ずっと部活一筋で手足は真っ黒だった事。
テストで赤点ギリギリを取って親にすっごく怒られた事。
学校祭で好きな人に告白して玉砕した事。
受験勉強を必死にやりすぎて体調を壊した事。
卒業式で大号泣して周りの友達を困らせた事。
気付けば普段じゃ絶対に言わないような、過去のちょっと恥ずかしいような事まで話していた。

田島くんは話を聞いている間、うんうんと相槌を打ったり、おおっと歓声を上げたり。
キラキラした目をしながら食い入るように話を聞いていた。


「あーあ、なんだかこうして田島くんと話してたら明日の卒業式が嫌になっちゃうなあ」

「なんで?」

「こうして田島くんと話したりするのも、これで終わりなんだよ?この学年は私には思い入れが強すぎるんだもん。やっぱり寂しいよ」

「そっか……」


私がそういうと、田島くんは少し俯いてしまった。何かを考えているように。
私はそんな田島くんを見ていたから、暫く沈黙が続いてしまった。


「あはは、なんかしんみりさせちゃったね!じゃあ田島くん、私はそろそろ仕事しなくちゃいけないから。君もそろそろ帰りなさい?」

「…先生、」

「ん?」


沈黙を破ったのは私だった。
すこし大きな声を出して立ち上がり、ドアの方へと向かった。
そんな私を引き止めたのは、すこしいつもよりトーンの低い田島くんの声。


「俺が教室に残ってた本当の理由、違うんだ」

「え?」

「先生を待ってた」

「私…を?」

「先生…いや、名前」

「ちょ、名前呼び捨ては……」
「好きだった、ずっと」

「……え?」


突然の名前呼びに告白。
今までとはガラリと雰囲気の変わった田島くんに、私は思わず固まってしまった。


「これが言いたくて待ってた。もしかしたら会えるかなーなんてさ」

「田島、くん…」

「実は3年越しの片想い、気付いてた?」

「うそ…全然、」

「だろーな。俺、結構本気だったんだけどさ1年ときから。けど先生と生徒だと、いくら話しかけたり近寄ったってそうはみてもらえねーもん」

「そ、うよ。私たち、教師と生徒じゃない。ダメよ、田島くん」

「そんなんもうカンケーナイ。明日は卒業式で、俺はここの生徒じゃなくなる。そしたら教師と生徒の関係なんてなくなる。だから俺はこのタイミングで告ったんだよ」


返す言葉がなかった。
田島くんの目が、あまりにも真剣で。
その目はまるで…好敵手であるピッチャーを前にした、バッターボックスに入ってるときのように真剣で。

本気なんだと、嫌でも思わされた。


「…でっ、でも私たち、年の差だって…」

「名前が27だろ?俺は18。まだ9歳しか差がない、平気だって。最近は年の差婚ってのも流行ってるし」

「で、でも…!」

「俺をいつまでも子供だと思うなよ」

「え―――」

「1年ときはチビで、ガリガリで、考え方もガキだった。けどもう俺はチビじゃないし、筋肉だってかなりついたし、考え方だって結構大人になってると思うけど」


そういいながら田島くんはじわりじわりと私に近付いてきた。
私は思わず後ずさり。そして気付けば後ろには壁。
田島くんは私の顔の横に両手を置いて私を逃げられなくした。

出会った頃は私よりも小さくて、手だって小さかった。
腕も方も、体全体が細くて。

だけど今、目の前にいる田島くんは違った。
大人っぽくなった顔に、私を見下ろすほどになった身長。
大きな手、たくましい腕、大きな背中。

―――――どくん。思わず、かっこいいと思ってしまうほどに成長していた。


「好き、名前…」


そう言って顔をだんだん近づけてきた田島くん。
真っ直ぐ目を見ながら言う彼に、私はもう目をそらせなくなっていた。



すべてが変わるよ、明日から



「立場も、関係も、考えも。全部全部、俺が変えてやる」


どうしよう、明日の卒業式が早く終われと思ってしまっている私はダメな教師なんだろうか…。



END
2011.10.23



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