このお話はとある人魚姫と王子様の恋のお話です――――


「誕生日おめでとう、澪」

「ありがとうっ!」


ここはとある港町の深い深い綺麗な海の中。
そこには世にも美しい人魚たちが住んでしました。


「これで澪も16歳、立派な大人ね!」

「うんっ!!」


8月のある日、今日はこの海に住む1人の女の子の誕生日でした。
女の子の名前は水城澪。“歌姫”と謳われるほどの美声を持つ15歳の人魚。

そんな彼女の、記念すべき16歳の誕生日です。


「さあ澪。何かお祝いをしたいのだけど、なにがいい?」

「私、地上に上がって歌が歌いたいっ!」


彼女に尋ねてきたのは母親。ここに住む人魚たちは16歳をひとつの節目とし、誕生日に1つだけど本人の願いを必ず叶えるという習慣がありました。
澪の願いは地上に上がって歌を歌うこと。これは彼女の小さい頃からの夢でした。
人魚が地上に上がれば捕獲される危険があるとされ、許されていないことだったからです。


「まだその夢は諦めていなかったのね。…わかりました、今日は特別な日ですからね」

「本当に!?ありがとう、お母様!」

「ただし、行くのは人が寝静まった深夜。付き添いで何人かと行く事。いいですね?」

「わかりました!観客が1人でもいないと、つまらないもの」


ふふふっ、と嬉しそうに頬をほころばせる澪。こうして澪は深い海から地上へと向かうことに。

それから数時間後、澪はウキウキとした心を抑えられないように急いで地上へ上がっていきました。
地上に上がり、どこで歌うかを目を輝かせながら探していました。

だから気付かなかったのです。彼女が付き添いの人魚たちとはぐれてしまっているということ―――


「あ、みんな!あの岩場にするわ…って、あれ?みんな……?」


やっと後ろを振り向いてみれば、そこには誰もいません。
澪はやっと今の現状に気付きました。


「どうしよう、私が先走ってしまったから…」


今は地上。時刻は深夜。月明かりだけが頼りの何も知らない場所に、澪は1人。
急に不安になりました。


「……そうだ、私が歌えば誰かに聞こえるかもしれない!」


そう思いたった澪は見つけた岩場に急ぎ、早速歌うことにしました。

――みんな、私の歌声が響きますように。
そんな事を思いながら。

澪の歌声は瞬く間に一体に響き渡りました。
透き通った、とてもとても綺麗な歌声が響く。次第に不安でいっぱいだった澪も気持ちがほぐれてきました。
そのとき歌っていたのは、澪の1番のお気に入り。一途な恋を歌ったものでした――


「…ねえ、それなんていう歌だい?」

「えっ!?」


気持ちよく歌っていた澪に、突然ぶっきらぼうな低い声が。
澪はその声を聞いて弾かれるようにそちらを向きました。するとそこにいたのは、夜の闇に溶ける様な、漆黒の鋭い目をした男でした。


「………聞いてるかい」

「っ、え、あ…」

「…まあ言いや。歌、続けなよ」

「あ…ハイッ」


澪は漆黒の彼に声をかけられてもうまく反応できず、言われるがままに歌を再開しました。
澪は見とれていたのです。漆黒の、美しい彼に。

月明かりに反射する海の光でキラキラと、薄く照らされた漆黒の彼。
彼の顔は、すごく端整で。鋭く光る瞳が印象的で。隙のない、振る舞い。
そんな彼に、目を、心を、澪は奪われていたのです。

――かっこ、いい……。どきどきする………。
澪はそんな事を想い感じながら歌を歌い上げました。


「上手だったよ」


歌い終え、スゥっと深呼吸を一つ澪がすると聞こえてきた言葉。
漆黒の彼は、そう一言だけ残して髪とほぼ同色の闇夜へと姿を消していってしまいました。

それから付き添いにいた人魚たちが澪を見つけるのは、澪が彼が行ってしまった方を眺め続けて数分後のことでした。



人魚と王子の出逢いの話
(たった数分しか逢っていない貴方の事が、忘れられません)




END
2011.09.11

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