私が彼氏である小鞠くんと、直接会える時間はごく限られている。クラスも違うせいで授業中はもちろんのこと、放課後だって小鞠くんには部活があるから一緒に過ごすなんてことはできない。日が暮れるまで続くそれを毎日ずっと待っているほど私は健気じゃないし、第一私は自転車に乗る小鞠くんが好きだからそれはそれで別に良い。そして当然土日も小鞠くんには部活があるからデートどころじゃない。そんなわけで私たちは、毎日学校で必ず確保できる「お昼休み」という時間を大切にするしかないのだった。


「でね、私一生懸命数えたんやけど、その先生今日は一時間に18回も同じこと言うてん!新記録達成やよ」
「へえ、よく数えたね」


が、一緒に過ごす時間が短いせいかなんなのか、私と小鞠くんの仲は交際一か月、いまだに何の進展もない。時々、本当に時々、手を繋いだりするくらいだ。大正時代か。清いお付き合いか。

私が先生の口癖の回数なんてしょうもない話を広げているのは、本気でそんな話を聞いてほしいからじゃない。くだらない雑談から自然に距離を詰め、どうにか小鞠くんの鉄壁のガードを崩していい雰囲気に持っていくための、ええと、あれだ。そう、言うなればジャブみたいなものだ。


「ねえ、なまえ」


不意に小鞠くんが私の名前を呼んだ。どことなく真面目さを含んだ声音に、あれ、と私も話を止める。こちらを見つめる小鞠くんの唇は緩く弧を描いているけど、目は笑っていない。やっぱりきれいな顔してるんだよなあ、とか私が見当違いのことを思っているうちに小鞠くんがゆっくりと顔を近づけてきた。
そんなに恋愛経験のない私でもわかる。これはきっと、黙っていなきゃいけないタイミングだ。できるだけ大人しく、この雰囲気を崩さないように。ようやく来たチャンスを逃さないように、私はとにかく平静を装うことに努めた。期待でどくどくと鳴る心臓がうるさい。



私の鼻先20センチくらいのところで止まった小鞠くんは、何かを考えるように唇に手を当て、それからこちらに視線を戻した。もう、目を細めて笑う、いつも通りの顔だ。


「…やっぱり、なんでもない」


かわいらしくちょっと小首を傾げてみたりして、何事もなかったようにすっと身を引く小鞠くん。後には、ぽかんと口を開けた間抜けな私が残るだけだ。
私なりにお膳立てしてるつもりなんだけどな。なのになんで手を出す素振りだって見せないんだ、女の子みたいな顔してるとは思ってたけどほんとに女の子なんじゃないの?!急にやり場のない怒りが沸いてきた。めっちゃ腹立つ。


「あーー!もうやめた!ちょっと小鞠くん!」
「え?は、はい」


勢いに気圧された小鞠くんが敬語と使い始める。もう引かれたって知った事か。


「なんでチューもしてくれへんの、私彼女やんな?それともなに、私女として魅力ない?手出す気になれへんの?それならええよ別に、私からしたるから」


早口にまくしたてると、勢いに任せて小鞠くんの襟首を掴んで引き寄せた。目を丸くした小鞠くんの唇に、噛みつくようなキスをした。勢いが良すぎて歯がぶつかった。地味に痛い。ここまでしてしまった手前、痛がるところなんて見せるのはどうにもかっこがつかない気がして、顔には出さないように必死で繕った。

息が続かなくなる寸前で小鞠くんを突き飛ばすように解放した。どうだ、奪ってやったぞ、みたいな勝ち誇った気持ちで若干上から見下ろすと、小鞠くんは呆然とした顔でぱちぱちと瞬きを繰り返し、それから、唇を震わせた。


「なに、今の…っ、ふふ…!」


笑い出したら止まらなくなってしまったようで、はじめは遠慮がちにくすくすと笑っていた小鞠くんは次第に声を上げて大笑いしだした。


「何笑とんの?!小鞠くんのアホ!自分が甲斐性なしやからあかんのやろ!」
「…ごめん」


怒りと恥ずかしさと悔しさでどうにもおさまらない私の頬を小鞠くんのひんやりした手が包み込んだ。そのまま柔らかく引き寄せられると、小さく傾いた小鞠くんの顔が眼前にあった。冷たい手とは裏腹に温かい唇が私のそれに触れる。


「なまえがあんまりキスしてほしそうな顔してるから、つい焦らしたくなって」


そう言って、もう一度寄せられた唇。ついばむようなキスの間に、唇に舌を這わされて、ぞくりと背筋が粟立つ。なおも私を引き寄せる小鞠くんの腕から逃れるように、顔を背けた。


「も、あかんて…」
「してほしかったんでしょう?」
「だめ、もう無理…」


ついさっきまでの勢いもどこへやら、居たたまれない気持ちでいっぱいの私はとにかく顔を見られないように小鞠くんの首元に顔を埋めた。もう泣きそう。


「かわいいよ」
「……趣味悪い」


精一杯の憎まれ口はそれでもふわふわとしていて、そのまま空気に溶けて消えたみたいだった。



柚子さまへ




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