パソコンで仕事用の資料とにらめっこすること数時間、いい加減集中力も切れ始め、私は大きく伸びをした。長いこと同じ姿勢を続けていた体はがちがちに固まっていて、ほぐすのにも一苦労だ。もう疲れた、そろそろ終わりにしたい。弱音を吐く代わりに、キーボードを押しのけて机に突っ伏した。長いため息が漏れる。
「なまえさん、ちょっと休憩にせえへん?」
かけられた言葉に振り向くと、彼氏である光太郎がお茶を淹れてくれたようだ。光太郎の手の中でほかほかと湯気を立てるおそろいのマグカップに、ほわっと頬がほころぶ。嬉しくてつい隣に腰かけた光太郎を思い切り撫でた。なんてできた子やろ、この子絶対ええお嫁さんなるわ。
「光太郎は優しいねー、よしよし」
「ちょ、やめてくださいて」
きっちりセットされた髪をくしゃくしゃに崩すと、光太郎は苦笑しながらそれを避けるように身を捩った。ほんの少し血色を増した頬に、それが照れ混じりだとわかる。四つ年下の彼氏はすぐに照れるかわいいところがあるので、私もついからかいたくなってしまうのだ。一通り構い倒して、視線をカップに戻した。そうだ、冷めないうちにもらわないと。両手でカップを支え、ゆっくりと口を付けた。紅茶の香りが熱と一緒にふわっと広がる。
「あー、おいしい」
冷房で冷えた体に染み渡る柔らかい熱。思わず浸るように目を伏せると、気遣わしげな光太郎の声が降ってきた。
「なまえさん、ちょっと根詰め過ぎなんとちゃう?めっちゃ疲れた顔してますよ」
「そんなことないよ」
そう答えながら、手の中のマグカップからのぼる湯気をじっと見つめた。しばらくの沈黙の後、私は迷いながら言った。
「…ね、光太郎、ちょっと抱きついてええ?」
「? ええですけど…」
テーブルにカップを置いて、光太郎が私側に半身を向ける。それにすり寄るように私も光太郎の体に腕を回した。
光太郎は優しい。けど、私の方が年上なんだから少しくらいかっこつけてたい。どんなに嫌なことがあってもそれをぶちまけたくなんてないし、知られたくもない。
というより、年上のくせにしっかりしてないって光太郎に幻滅されたくなかった。もうやだとか辛いとか、そういう弱音を言えないのは私のしょうもないプライドだ。とは、わかっているんだけど。
「何やあったんですか」
「…なんも?」
「嘘やろ」
「なあに、心配してくれるん?」
「そらしますよ、…大事な彼女やねんから」
「やだあ、ほんま光太郎はかわええね、お姉さん照れてまうわあ」
はーっ、と大きくため息を吐いて、光太郎がぽつりと呟いた。
「…なまえさん」
なに、と顔を上げた瞬間、すっと近づけられた光太郎の顔が目に入った。かすめ取るように口づけられて、呆気にとられているうちにそのまま何度も何度も奪われる。最後に私の唇を甘噛みするようにして離れた光太郎は、ちょっと怒ったような顔をして見えた。
「疲れたなら疲れたて、そう言えばええやないですか」
「ちょ、光太郎、いきなり…」
「俺かて、いつまでもガキのままやないんやから。…もっと俺のこと、頼ってください」
熱を持った視線にたじろいで離れようとしたけど、手首をぎゅっと掴まれてしまった。真剣な目で見つめられて、掴まれた手首から、体中の熱が広がってくみたいだった。
光太郎ってそういうこと、考える子だったんだ。
私が年上ってことにこだわってるように、光太郎も年下ってことに焦れていて、私が少しでも大人に見られたいと思っているように、光太郎も年の差を埋めたいって思っていて。
結局私たちは、根っこでは似たようなことを考えていたのかもしれない。
「え、ええよ、光太郎はそのままで…」
「俺がだめなんです。なまえさんのこと、ちゃんとリードできるようにならな」
そう言う光太郎の顔も赤いけど、きっと、私の方がよっぽど赤い。いつの間にそんなこと覚えたん、と悔し紛れに光太郎のほっぺたを引っ張ってやった。
「痛い痛い、なにすんねんなまえさん」
「そういうん、心臓に悪いからやめてや…光太郎、そのままでかっこええんやから…」
光太郎はちょっとびっくりしたように目をぱちぱちさせた。傍から見てもわかるくらい、頬が緩んでいる。そうやってわかりやすいからついかわいいって言っちゃうんだって、光太郎はわかってるのかな。…わかってないんだろうな。
ともえさまへ
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