05




「山口くん、御堂筋くんの連絡先て知っとる?」
「え?」


昼休み前、お昼ごはんを食べるための席移動にざわつく教室の中。空席になった山口くんの目の前の席を拝借し、机に身を乗り出すようにして私はそう尋ねた。山口くんは教科書をかばんに詰める手を止め、怪訝そうな顔で向き直った。

同じクラスの山口くんは京伏自転車部のスプリンターだ。割と大人しい方で口数も多くないけれど、周りのことをよく見ているし、相談したら一緒に真面目に考えてくれるいい人だ。去年も今年も同じクラスということもあり、何かというと私は山口くんに相談する。
山口くんは悩むように眉間にしわを寄せた。


「いきなりやな、なんかあったん」
「ほら、さっき、明日の集合時間と場所の連絡が石垣先輩からあったやろ?皆に回さなあかんのやけど、私御堂筋くんの連絡先知らなくて」
「あ、なるほど…でもなあ、オレも知らんわ」


インハイ予選を明日に控えて、石垣先輩からその連絡がきた。OBの安先輩が車を出してくれるらしい。部員にそういった連絡を回すのも、マネージャーである私の役目だ。


「他の一年に回してもぉてもええと思うけど…今後のこともあるしな、聞いといたらええんやないか」
「せやんね、やっぱ今行って聞いてこよかなあ」
「今やったら教室で飯たべとる頃やろ」
「うん!ありがと!」
「あ、みょうじ」


席を立ち、教室を出て行こうとした私を山口くんが呼び止めた。振り向くと、山口くんも立ち上がろうとしていた。


「何?」
「一人で大丈夫か?御堂筋…くん、のとこに行くんやろ?オレも行こか」
「大丈夫やよ、心配してくれてありがとぉね」


気遣わしげな山口くんに笑い返した。やっぱり山口くんはいい人だ。










「うーん…おらんなあ」


こうして御堂筋くんのクラスに来たわけだけど…ぱっと見た限り、御堂筋くんの姿は見当たらない。どこかに出かけてるのかな。
私は教室の入り口で話している一年生二人に声をかけた。


「あの…話しとるとこごめんな、御堂筋くんておる?」
「え?御堂筋くんですか?」
「うん。私、同じ部活のマネージャーなんやけど」
「えっと…今いませんねえ」


その子はもう一人の友達と顔を見合わせると、不思議そうに首をかしげた。


「御堂筋くんて、いつも昼どこにおるん?」
「えー、知らんよぉ」


いつの間にかおらんくなっとるもんねえ、と言って二人は笑い出した。そっか、御堂筋くんは教室でお昼ごはんを食べない派なのか。


「すいません、やっぱわかりません」
「そっかぁ、ありがとね」


それなら仕方ない、せっかくだから少しだけ探してみよう。二人にありがとうね、と返し、また私は歩き始めた。










お昼休みに一人でどこかに行く。たぶん教室で食べるのがあんまり好きじゃないのかも。そういう子ってどこでご飯食べてるんだろう。屋上につながる階段の上、空き教室、保健室。教室から近いところは一応見てみたけど、人の気配はない。なんだかんだ言ってこの校舎も広いから、当てもないのにこの中から探し出すとなるとかなり骨が折れるかも。とりあえず、手紙でも残しておいた方が早いかもしれないなあ。そう思いながら廊下を歩いていると、窓の外にぽつんと座る人影が見えた。どうやら私は御堂筋くんを見つけるのがうまいのかもしれない、とひそかに自賛する。

校舎から裏庭へ出る昇降口の段の先に、御堂筋くんはいた。ちょうど並木の陰が落ちていて、涼しそうな場所だ。


「御堂筋くん、こんなとこで食べとるんやね」


声をかけると、御堂筋くんははっと振り向いた。


「…キミか。なんやの」
「石垣先輩から伝言。明日の集合、6時半に学校正門やって」
「ほおか」


お弁当に視線を戻しながら御堂筋くんは小さく返事した。しばらくそのまま黙々と食べていたけど、それをぼんやりとみている私に気づき、もう一度振り向いた。


「用済んだんとちゃうん?はよ帰りや」
「ここ、風通しもよくてええ場所やね。なんやこうして食べとるとピクニックみたいやなあ」
「ハァ?」
「いつもここで食べとるん?」


私の質問に、答えは返ってこない。御堂筋くんは眉間にしわを寄せ、大きくため息を吐くと、お弁当を包みごとくしゃくしゃに丸めて立ち上がった。


「くだらんおしゃべりするつもりやったらボクは行くわ」
「もうお昼休みの時間あんまないで、ここではよ食べた方がええと思うけど」
「……」


御堂筋くんは苦々しげに目を細めると、視線を右から左に一巡させて後、また同じ場所に座った。とっとと食べ終えて帰ってやる、と言わんばかりにもぐもぐとピッチを上げて。隣に座ってみると、ずる、と距離を開けられた。予想通りすぎる反応に笑いが漏れる。
御堂筋くんの食べ方はきれいだった。お箸の持ち方はちゃんとしてるし、掻き込むような食べ方もしない。思った以上にお行儀よく食べる姿は普段の様子とはなんだか不釣り合いで、それだけに、なんかかわいい、と思ってしまった。


「(御堂筋くんにかわいい、ってなんやろ)」


御堂筋くんにはおよそ似つかわしくない、かわいい、という言葉に一人で吹き出しかけた。これ、言ったらめちゃくちゃ怒るだろうなあ。キモい、絶対言うだろうなあ。どれだけ予想通りの反応を返してくれるか、ちょっと試してみたくなるのをこらえたところで、もう一つの目的を思い出した。


「あ、そや!御堂筋くんの連絡先教えてほしいんよ」
「なんでや」
「部活のことで連絡とかあるやろ?今日みたいに私から伝えなあかんこともあるし、御堂筋くんから連絡あったら、私に言うてくれたら皆に回すよ。その方が楽やろ」


少しの間を置いて、御堂筋くんは頷いた。


「……あとでな」
「うん」


なんとなくだけど、御堂筋くんとの話し方がわかってきたような気がする。御堂筋くんは合理的な人のようだから、常識だとか精神論みたいなものには動いてくれないけど、具体的にどんなメリットがあるかを納得してくれればそれなりに話を聞いてくれるみたいだ。

ちょっとの沈黙の間、今まであまりじっくりと見たことのなかった裏庭を見渡した。鮮やかな日差しが照りつけてからからに乾いた土、小さな植物園のような一角では木が青々とした葉を茂らせている。


「やっぱ、日陰でもちょっと暑いなあ。もうすぐ夏やねえ」
「……そやね」


インターハイは目前に迫っている。正直、部の仕上がりは何とも言えない。御堂筋くんを迎えてチームの総合力は間違いなく上がった。でも御堂筋くんに不満を持つ人、御堂筋くんの強さに惹かれる人、そういう色んな人の気持ちを混ぜてどうにか皆は御堂筋くんに従っている。去年とは全く違うチームの雰囲気に、チーム自身が戸惑っている、という感じだった。


「明日の予選、自信のほどはどうですか」
「アホか」


勝つに決まっとるやろ、と答えた御堂筋くんになんとなくほっとした。御堂筋くんはいつだって揺るぎない。


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