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窓の外、中庭を越えて、ゴミ捨て場に続く道の先にここしばらくでずいぶんと見慣れた猫背が小さく見えた。遠くにいても、あの特徴的な歩き方ですぐに誰だかわかる。ちょうどゴミ捨てを終えたところであろう御堂筋くんが、大きさの割に軽そうなゴミ箱を片手でつかんでこちらへ向かって歩いてきていた。



御堂筋くんは、自転車に乗ってさえいなければ多少まともだ。


あの入部の日以来御堂筋くんを見続けてきて、少しずつだけど御堂筋くんの日常が分かってきた。御堂筋くんのことだから教室でもあんな感じなのかと思いきや、意外にも普通に高校生活を送る生徒だったらしい。例えばこうして教室の掃除だって普通にやっているし、授業だって、直接見たことはないけど真面目に受けているみたいだ。成績もなかなかのものだと他の一年生部員の子に聞いたことがある。友達は…あんまりいないらしい。言いたいことを言えないタイプには見えないから、ただ単に、友達を作る気がないだけじゃないかな、と私は思っている。部活中のあの様子を見るに、仲間と楽しくワイワイ、という雰囲気が好きそうには見えないのでそこはあまり意外でもなかったけど。まあ総合的に見れば、自転車さえ絡まなければそれなりに普通の大人しい高校生みたいだ。

それに自転車についても、先輩方への態度にこそ問題はあるけれど、練習自体は真剣そのものだ。
エースとしてチームの看板を張る宣言をしただけでなく、練習メニューも実質取り仕切るようになった御堂筋くんの課すメニューは非常にハードなもので、実際にインハイメンバーの先輩たちでさえ毎日どうにかこうにかついていくのがやっとだ。そんな練習を御堂筋くんは一かけらの手抜きもなく、黙々とこなしている。
ただ周りの弱さを見下して、自分を立てるためのわがままを言っている人にはきっとできない。そう思う。

だからこそ、私はずっと御堂筋くんを測りかねている。



「あ、」


いつの間にかすぐ下まで来ていた御堂筋くんが、ぼんやりとそちらを見ていた私に気づいた。丸い目をぐるっとこちらへ向けた御堂筋くんに手を振ると、一瞬ぎょっとしたような顔をしてから、ふいっと視線を戻してそのまま歩いていった。あれ、無視?
少し意地になり、窓から顔を出して大きく手を振る私に御堂筋くんはなおも見えないふりを突き通す。こうなったら大声で呼んでやる、気づかなかったとは言わせない。そう思って、息を吸い込んだ時だった。


「何しとるんや、みょうじ」


呼ばれた方へ振り向くと、水田くんが立っていた。


「あ、水田くん。今下にね、御堂筋くんがおって…あー!」


あっちに、と指さしながらもう一度中庭に目をやると、ついさっきまでいたはずの御堂筋くんは忽然と消えている。


「なんや、御堂筋くんがどないしたん」
「……なんでもないよ…」


未練たらしく、御堂筋くんが消えたであろう方向をじっと見つめた。同じようにゴミ捨てに向かう生徒もちらほらといるけど、あの猫背が出てくることはもうなかった。











「御堂筋くん!さっき手振ったのに無視したやろ」
「ファ?」


ジャージに着替え、部室から出てきた御堂筋くんはあからさまにうへ、という顔でこちらを一瞥すると、そのまま足を止めずに歩き続けた。さして早歩きというわけでもないんだけど、段違いの一歩の幅に、すぐに引き離されそうになる。小走りでなんとか隣に並び続けた。


「知らんよ、見間違いやないの」
「うそ、ゴミ捨てに行っとったとき、ちゃんと目合うたでしょ」
「さあ」


首をかしげ、さっぱり思い当たる節はない、といった顔だ。完全にしらを切るモードに入っている。一向に歩みを合わせようとはしてくれない御堂筋くんに、なおも追い縋った。


「やっぱね、おんなじ部活の仲間なんやから、挨拶返してくれな寂しいわ」
「まだそういうこと言うてるん?しつこい人やなあ」
「しつこくても言うよ、私間違うてるとは思とらんもん」


御堂筋くんは大きくため息を吐き、足を止めて私に向き直った。あんまりに急に止まるものだから、勢い付いていた私だけがつんのめる。


「キミはやかましなあ、そういうん、ほんまウザいで」
「うざ…」


またずんずんと歩いて行ってしまった御堂筋くんを、再び追いかけることはできなかった。うざい、だって。友達同士の冗談でもなんでもなく、純度100%の本気で言われると、結構刺さった。




「うざいて、御堂筋、容赦ないなあ」
「石垣先輩…」


後ろから、苦笑交じりに歩いてきた石垣先輩に、ついつられて表情が緩んだ。
「大丈夫か、みょうじ。なかなか苦労しとるみたいやな」
「…はい。難しいですねえ、後輩と仲ようなるんて」
「はは、たぶんあいつは特別難しいやろ」


石垣先輩の軽口に私も笑い返すけど、すぐにため息が漏れる。


「私、こんなんでええんでしょうか…」


御堂筋くんのことはもちろん気にかかる。あの歯に衣着せぬ物言いに加えて、何を考えているのかわからないことだらけなだけに、部員の皆と軋轢が生まれてしまっているのは確かだ。御堂筋くんがそれを力でねじ伏せているだけで、少なからず不満を持っている人はいる。そういうのの間に入っていければと思って少しでも御堂筋くんのことを知ろうとはしているけど、肝心の本人との距離はあまり縮まらない。自分は本当に正しいのか、自信は少しずつしぼんでいく。


「みょうじはようやってくれてるよ、自信持ち」


その言葉に、いつの間にかうつむいていた顔を上げた。目が合うと石垣先輩は、まだ部が和気あいあいとしていた頃みたいな顔で笑った。先輩のこの顔を見るのはずいぶんと久しぶりだ。


「他の部員やって近寄りがたい言うてる御堂筋にもようびびらんと話しかけてくれとるやろ。みょうじがそうやって気回してくれとるから、俺も皆も練習に打ち込めるんや」


石垣先輩が私の肩を叩く。


「ありがとうな、一所懸命やってくれて」


そう言うと石垣先輩は、じゃあそろそろ俺も行くわ、と自転車を押して行った。その後ろ姿を見ながら、ありがとう、みょうじはよくやってくれてる、その言葉をかみしめた。

石垣先輩のことフォローしていくつもりが、逆にフォローさせてしまった。石垣先輩だって、部の皆をまとめるために大変なはずなのに。落ち込む私に声をかけて励ましてくれる優しさに、ちょっと涙が出そうになった。

先輩が励ましてくれた、それだけでまた頑張れると思ってしまう私はやっぱり、単純なんだろうな。もうこの際単純でもなんでもいい。ちょっとの暴言くらいで簡単に諦めている場合じゃない、もっと頑張ってみよう。緩んでいた髪をきっちりまとめ直して、今日も練習の準備をしに走り出した。


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