03



「はい、御堂筋くん。のど乾くやろ、これ飲んでや」


クーラーボックスから出したばかりのボトルを差し出した。ぱちぱちと数度瞬きをしてから御堂筋くんはそれを手に取り、何かを確かめるようにじっと見てから口を付けた。よかった、これはもらってくれるんだ。選手にドリンクを渡す、本当ならごく当たり前のことのはずなんだけどそれが普通にできたことにものすごくほっとした。

御堂筋くんが入部してから一週間とちょっと、私も部の皆も、御堂筋くんのことをいまだに何も知らない。やっぱり、相手を知るにはまずコミュニケーションしかないだろう。そう思った私は御堂筋くんに、この休憩時間に話しかけてみることにしたのだった。


「御堂筋くんえらい速いな、いつからロードやってるん?」
「………小学生から」
「そのデローザかなり小さいけど、もしかして最初からそれ?」
「……まあ」
「へー!すごいなあ、でもぴかぴかやね、大事にしとるんやねえ」
「………そやね」


会話が弾みそうな様子は全く見られない。でも、非常にシンプルな返事しかないけど、むしろ話すことすらあまりしたくなさそうだけど、それでも一応返事はしてくれるんだなあ。完全に無視されることも想像してたから、ちょっと意外だ。これなら少しは私の話を聞いてくれるかも。聞き入れてくれるかどうか、はまた別だけど。
ベンチに座ったまま、考え事をするようにじっとデローザを見つめている御堂筋くんに、かねてから気になっていたことを聞いてみた。


「御堂筋くんは、礼儀とか年功序列て面倒やと思う?」
「ファ?」


デローザにばかり向けられていた御堂筋くんの視線が、ぐるりと私に向いた。


「あんな、私はね、部活いう集団でやってく上で、先輩に礼儀正しくするんは大事やと思うんよ」


丸くて大きな御堂筋くんの目がきゅっと細められた。値踏みするようなその視線にひるみそうになったけど、まっすぐ見つめ返して私は続けた。御堂筋くんの考えが知りたい。


「そらね、実力主義、て考えがあるんもわかるよ。けどな、先輩に対する敬意て、それだけやないと思う。自分より先に部におって、部を動かしてくために努力してきた、そういうとこにもあるんやないかな」


年が上ってだけでどんな人でも敬わなきゃいけないのか、って納得いかない気持ち、私も持ってたことはあった。でも、敬うものは実力とか人柄とか、そういうわかりやすいとこだけじゃないって今は思う。そう、京伏自転車部という集まりを更に上の先輩たちから受け継いで、守ってきた伝統、とかね!そこまで話して気づく。御堂筋くんの目はびっくりするほど冷ややかだった。


「キミ、何言うてるん?」
「へ?」


御堂筋くんは口を大きく開くと、聞いてられない、とでも言うように舌をべろっと出した。


「礼儀ィ?年功序列ゥ?そぉんなもんで走れるか、仲良しで優勝できたら皆一等賞や」
「で、でも」
「ボクが作るチームは軍隊言うたやろ、勝つこと、それだけの為に機能する。それぞれが忠実に命令遂行すればええんや。礼儀、遠慮、仲良しこよしも全部、そんな無駄なもん全部捨てな」


御堂筋くんはいきなりよくしゃべるようになった。私がそれにびっくりしているうちに、畳み掛けるように御堂筋くんは続けた。


「勝つためのチームにそんなもんいらんのや」


無駄。その言葉が妙に残った。チームの和とか、仲間のこと大事にするとか、先輩には気を使うとか、部活ってそういうものだとずっと思ってきた。そういうのがあるから大変な思いもして、だからこそ一人じゃ続けられないようなことも頑張れて。そういうのって、本当に無駄なことなんだろうか。勝つためには、そういうの捨てないといけないんだろうか。


「そうかな…」
「おしゃべりは終いや。余計にだらだらしとる暇ぁないで」


そう言うと、御堂筋くんは握っていたボトルを私に向けてひょいと投げた。反射的に慌ててキャッチすると、その隙に御堂筋くんは軽快に立ち上がってデローザを掴んだ。


「ほなザクゥ、練習再開やでぇ」


はい、ときれいにそろった返事。カラカラと自転車を押して歩き出す御堂筋くんを追うように続く5人のインハイメンバー。これじゃどちらが先輩か後輩かなんてわかったもんじゃない。これが勝つためのチーム、ということなんだろうか。


back
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -