02



地獄のような二日目がようやく終わったのは、だいぶ長くなってきた日がすっかり落ち切った後だった。


「ほな、ボクはこれで」


石垣先輩をエースの座から引きずり下ろした張本人、御堂筋くんは挨拶もそこそこにさっさと部室を出て行った。残された皆は一斉にその場に倒れこむ。はあ、とか疲れた、とか、そういった声以外は何も聞こえない。無理もないだろう、練習メニューの見直しを要求した御堂筋くんが提示してきたのは、今まで部でルーチンとして行っていたメニューの倍近いものだったのだ。皆疲れ切った体を投げ出して動かない。


「…皆、聞いてくれ」


ほんの少しの沈黙の後、石垣先輩が切り出した。皆も、来たか、という表情で固唾をのみ次の言葉を待った。


「昨日の話やけどな…やっぱり俺は、エースは御堂筋に譲ろうと思う」
「…」
「約束は約束や、それにな…皆も見たやろ、あいつの走り。実力は本物や。悔しいけど…エースにはあいつの方がふさわしい、俺はそう思とる」


まだほんの少ししか走りを見ていない私にも、御堂筋くんの実力が確かだということははっきりと伝わっている。一緒に走っている皆ならなおさらよくわかることだろう。
問題は、その急造のエースを皆が受け入れられるかどうか。インターハイのレースはチーム戦、エースを送り届けることに全員が一丸とならなければならない。エースを疑って勝てるほど甘くはない。


「…誰か、異論のある奴はおるか」


それぞれが周りを窺うように顔を見合わせた。


「石垣がそう決めたなら…俺はそれに従うで。部長はお前や」


井原先輩がそう答えると、他の部員もためらいがちにうなずきだした。


「ヤマ、お前は?」
「俺やって、文句があるわけやないんです。御堂筋は速い。石垣さんがそこまで考えとるなら…そうするべきなんやろな、と思います」


石垣先輩はようやく、ほっとしたような顔でうなずき返した。


「ありがとうな、皆。じゃ、今日はもう遅いし上がるで。また明日も練習や」


そう話を切り上げた石垣先輩が立ち上がるのを合図に、皆もよろよろと立ち上がり、帰り支度を始めた。

ひとまずは意見がまとまったことで、息がつまりそうだった部の雰囲気がほんの少し明るくなった気がする。足がちがちで動かんわ、明日はえらい筋肉痛やろな、という誰かの軽口を聞きながら、さあ、私も帰ろう。そう思ってまとめた荷物を持ち上げた時だった。


「…みょうじ、ちょっとええか」
「はい」


石垣先輩に呼び止められた。返事をした私に、先輩は曖昧に笑い、すぐには話し出さない。他の部員が出ていくのを見届けてから、すこし疲れた様子で口を開いた。


「今日の練習、見ててどやった」
「……御堂筋くんのことですか」
「そや。あいつのこと、みょうじはどう思う?」


御堂筋くんは、ただただ、圧倒的に速かった。自分の目で見るまでは信じられなかったけど、石垣先輩をちぎったというのも嘘ではないんだな、と納得させられるぐらいには。


「まだ初日やし、はっきりとはわかりませんけど…インハイで完全優勝目指す、言うたんは冗談でもなんでもない、本気の言葉なんやろなと思います」
「そうか……」


うちの部だって今まで、練習に手を抜いていたわけじゃない。御堂筋くんの掲げるノルマが異常だっただけで。
決して弱くはないうちの先輩方すらへとへとになるような練習メニューをこなしてなお、御堂筋くんは顔色一つ変えずに立っていた。あの走りが、不遜な態度に恥じることのない、確かな努力に裏打ちされたものだということは想像に難くない。本気でこのチームで、インターハイ完全優勝をとるつもりなんだろう。


「俺も、あいつがどういう思いで走るんかはわからんけど、ぬるい覚悟しかない奴やとは思えへん。……いや、そう信じたいんやろな。自分がエース託すことになる奴が、半端な奴やなんて思いたないんや」


石垣先輩は続けた。


「とりあえず、今のところは皆従ってくれたけどな…きっとこれから、不満を持つ奴、納得いかん奴は出てくると思う。そういう皆が円滑にやっていけるように、調整いうんかな、俺だけやと気回らんとこもあるやろからみょうじにサポートを頼みたい。やってくれるか」


良くも悪くも、京都伏見自転車競技部は御堂筋くんを中心として大きく変わることになるだろう。そんな中で私にできることがあるなら、と二つ返事でうなずいた。


「もちろんです!」
「大変な役目やし、苦労かけると思うけど…よろしく頼むわ」


きっと、部員の誰よりも石垣先輩の方がずっと悔しくて、悩んで、迷ってる。それでも精一杯、部をいい方向に導こうと自分の気持ちを抑えて下した決断だ。私は信じてついていこう。


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