01



人もまばらになった廊下を真っ直ぐに抜けていく。新年度も早々に委員会に駆り出されるなんてついてない。今日は新しい主将の元で始まる記念すべき今年第一日目だっていうのに、最初から遅刻なんて。部の皆はもうとっくに全員集まっているだろう。遅いでマネージャー、と笑う新主将の顔が目に浮かぶようだった。

京都伏見高校自転車競技部インターハイ前年度9位、の垂れ幕を横目に歩みを早めた。うちの自転車競技部は県内でも有数の強豪だ。去年の好成績で今年は今まで以上に期待も高まっている。きっと、去年よりもっとたくさんの入部希望者が来るだろうな。欲を言えば、マネージャーも少しは入ってくれたら嬉しいんだけど。

渡り廊下を過ぎて、部室棟へ。鮮やかな青い空、入学式に合わせるように満開になった桜の下を潜り抜けて足を止める。さあ、今年も頑張ろう。インターハイを目指して。大きく息を吸って、吐いて、また吸って。自転車やるならここへこい、そう書かれたドアを勢いよく開けて踏み出した。


「遅くなりましたー!委員会がなが、びいて…」
「ええんか石やん、あんなん受けて…」
「そうですよ石垣先輩、やっぱりオレ納得いきません!」


長引いてしもて、と続けようとした口からは尻すぼみに声が消えていった。部室の様子がなんだかいつもと違う。ムードメーカーの井原先輩は沈痛な顔をしているし、いつもは大人しい山口くんが珍しく声を荒げて石垣先輩に詰め寄っている。


「オレらのエースは石垣先輩や、あんなん…おかしいですよ…」
「ヤマ、落ち着きや…」


辻先輩が山口くんを宥めるように肩に手を置いた。水田くんもずっと黙りこんでいる。そうして誰も言葉を発しなくなり、身動きすら躊躇われるような静寂だけが残った。これでもかというぐらいにわかりやすく、何か良くないことが起こったんだ。それだけはわかった。

聞くべきか、聞かざるべきか。遠くでどこかの部が外周を走る声が聞こえた。本当なら、こんな空気のなか切り出したくなんかない。けど、私だって曲がりなりにもこの部の一員だ。他人事ではいられない。意を決して私は口を開いた。


「えー、と…何やあったんですか?」


重苦しい空気に私の声が場違いみたいに響く。思ったよりも皆の視線が自分に刺さらなかったことだけが救いのような気さえした。それでも口にした瞬間から後悔で後ずさりそうになる足をなんとか踏みとどめて、誰かが答えてくれるのを祈った。


「…入部希望者が、来たんや」
「はい?」


時間を掛けて、ようやく切り出してくれたのは井原先輩だった。嘘みたいに深刻に絞り出された言葉は、普通なら喜ばしいことの、はずなんだけど。思わず返事とともに笑いを漏らしてしまった。予想外だ。


「それの、何がこんな…」
「自転車勝負で勝ったら、自分にエースの座譲れ言うてな…そいつが石やんに挑んだんや…」
「え……」


その先を井原先輩が続けることはなくても、何を言おうとしているかはすぐに想像がついた。まさか石垣先輩がそう簡単に抜かれる訳がない、この間まで中学生だったような人に。そう信じているはずなのに、部室の奥で座っている石垣先輩は口を真っ直ぐに引き結んだまま、欠片も笑顔を見せる様子はない。そんなはずないのに、信じたいのに、皆の表情はその答えをはっきりと物語っている。


「その…石垣先輩…」
「すまんなぁみょうじ、完敗やったわ」


石垣先輩が初めて口にしたのは、謝罪の言葉だった。


「皆も、これからまたインハイに向けて頑張ろうってときに、こんなことになってしもてすまん。いろいろ思うところはあるかもしれんし、俺もちょっと考えを整理したい。今日のところはこれで解散にして、明日また改めて話そう」


苦笑にも似た表情で石垣先輩はそう告げると立ち上がった。皆先輩の動きから目は離せないのに、誰も声をかけられないままただ先輩が部室から出ていくのを見ているしかなかった。



back
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -