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「じゃ、いきまーす!!」


水田くんがそう叫んで地面に置かれた筒に火をつけた。途端に吹き上がる色とりどりの火花に、皆が歓声を上げる。

リフレッシュ休暇も最終日、高校最後の夏にちょっとでも青春っぽいことをしたい、と騒ぎ出した井原先輩により、急きょ今年のインターハイメンバーで花火大会をやることになった。そこでなぜか私にも声をかけてもらって、学校近くの河原にみんなで集まったのだった。


「やっぱ夏言うたら花火やな!ノブ、もっと火つけえ」


はい、と元気のいい返事がとんでくる。両手いっぱいに手持ち花火を掴み、井原先輩は満足げだ。楽しそうで何より。その花火を分けてもらいに、私も井原先輩の傍へ寄った。


「井原先輩、私にもそれください」
「おう!何本でも持ってきや」
「あはは、一本でいいです」


差し出された花火の束からひらひらした紙をつまみ上げながら、ふとここにいない一人のことを思い出した。


「…御堂筋くんにも、連絡はしたんですけど…来ませんねえ」
「いやあ、さすがにアイツは来んやろ、こんな集まり」


来たらビビるわ、と井原先輩が笑う。確かに、とその後ろで山口くんも小さく頷いた。


それは、確かにそうなんだけど。

私だって来ると心から信じていたわけじゃない。インターハイメンバーで花火、と言うからには連絡しない理由はない、と思ってダメ元で連絡してみたものの、一向に返事はこない。御堂筋くんがこういうプライベートな連絡に返事をくれたことは一度もないのだから、今更落ち込むほどのことでもないんだけど、でも。
でも、ここに御堂筋くんがいたら、どうなっていただろう。ちょっと見てみたかった。






井原先輩と辻先輩は二人で線香花火対決をやっている。すごく地味な絵面だけど本人たちはものすごくエキサイトしているようだ。
その向こうでは水田くんと山口くんが川に足を突っ込んでばちゃばちゃと走り回っている。タイプは全然違うんだけど、あの二人はなんだかんだで仲がいい。
こんな風に皆で遊ぶのなんて、ずいぶん久しぶりだ。

皆一通りの花火は楽しみ、各自好きに過ごし始めていた。もうそろそろお開きになりそうだ。今のうちにちょっとずつゴミ集めておいたほうがいいだろう、と気合を入れるように大きめな動作で足元の花火セットを袋に突っ込んだ時、すぐ傍で河原の砂利の擦れる音が聞こえた。顔を上げ、そちらに目を遣ると石垣先輩が歩いてくる。



「こういうときでもみょうじはマネージャーやな」
「そんな大層なもんやないですよ」
「ほら、花火持ってきたで」


差し出された花火はなんだか豪華そうだ。持ち手まで太くて、いかにも火薬がいっぱい詰まってます、という雰囲気のそれには、本体に天の川スペシャルというタイトルが付けられている。思わずゴミ袋をその場に置いて手に取った。


「なんかすごそうですね!」
「そやろ?火つけてみよ」


石垣先輩の後に続き、その先端を炙るとすぐにしゃあしゃあと火花があふれだした。確かにきれいだけど、それ以外特に言うことのないありふれた花火だ。


「はは、意外と普通やな」
「で、でも!なかなか消えませんよ、これ」
「寿命がスペシャル言うんか?」
「あ、落ちる」


途端に勢いをなくした光の粒がぼとりと落ちて煙だけが残った。とんだ見かけ倒しだ。


「…寿命も大してスペシャルやなかったな」
「詐欺やないですかこれ」


小さく笑いが落ちる。この名前を付けた人はどんな意図を込めたんだろう。
名残惜しく天の川スペシャルを眺めながら、次の花火をとりに行くでもなくそのまま石垣先輩はしゃがみ込んだ。つられて私も隣に座る。



「色々あったな、今年は」
「それ言うの早いですよ、まだ8月やないですか」
「いやあ、めっちゃつまっとった」


噛みしめるようにそう言う石垣先輩に、私も頷きながら目線を上げた。静かな川面に、街灯の明かりがきらきらと光る。確かに詰まっていた。何がと言われれば迷ってしまいそうなほど、いいことも、悪いことも。




「ありがとうな」




石垣先輩がぽつりと呟いた。



「ほんと気使わないでください、一番大変やったのは先輩なんですから」
「インハイの時な、このチームで走れて良かった言うたやろ。あれな、みょうじもや。しんどかった時、みょうじが味方でいてくれるて思うたら踏ん張ってられたよ」

「そんなん、」



そんなに直球で褒められるのがなんだか気恥ずかしくて、足元の砂利に目をやった。
買い被りすぎです、と言おうかどうか、迷った。私は私の仕事をしていただけで、大した成果は上げられてはいないと思う。でも、その言葉は飲み込み、代わりの言葉を口にした。



「当たり前です、マネージャーなんですから」



胸を張って、とはまだ言えないけれど、石垣先輩がそう言ってくれるならありがたく受け取っておこう。

手持無沙汰に燃えかすの棒をくるくると弄る。返事がないことに顔を上げると、石垣先輩と目が合った。数瞬の沈黙の後、先輩が口を開く。



「…あのな、」

「石垣さん、みょうじ、もっかい打ち上げ花火あげますよー!」




水田くんの声で我に返った。見れば、さっきまでばらばらだった皆が河原に集まって打ち上げ花火の筒をいくつも並べている。石垣先輩の方をちらっと見た。今、何か言いかけていたはずだ。訊き直そうと私が向き直ると、石垣先輩は笑った。何でもないよ、と言い花火を囲む皆の方に行ってしまった。





「ノブ、いっぺんに三つは勿体ないやろ!」
「何言うてるんですか石垣さん、こういうんはパーッといかな!」
「そや、石やん貧乏くさいで!」






結局もくもくとおびただしく上がる煙を見た近所の人から通報され、私たちはお巡りさんに怒られる羽目になったのだった。皆で平謝りした。



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