08



物音で目が覚めた。御堂筋くんを寝かせた部屋に、最後までとどまっていた私はいつの間にか眠ってしまっていたようだ。畳にそのまま倒れ込んでいた体はがちがちに固まっていて、起き上がるのに少しばかり時間を要した。首とか背中とか、すごく痛い。
ようやくあたりを見回せるまでに回復して、自分の手元にボトルが転がっているのに気付いた。なんでこんなところに、と思ってその先を見ると、きっちり体の脇にそろっていたはずの御堂筋くんの腕が、それに向かって伸びていた。じりじりと畳を擦る指に、ああ、これを取ろうとしたのかと思い当たる。


「御堂筋くん、やっと目ぇ覚めたん」


私は寝起きのぼんやりした思考のまま、そのボトルを掴むと、御堂筋くんの手に握らせた。御堂筋くんは緩慢な動作でそれを口に運ぶ。く、く、と喉を鳴らして流し込むと、小さく息を吐いた。


「…今、何時や」


少し掠れた声で、御堂筋くんがぽつりと呟く。私はそばに落ちていた自分の携帯の電源ボタンを押した。


「…朝の6時やね。御堂筋くん、あれからずっと寝とったんよ」

「……優勝は」
「総北、やって」


御堂筋くんは、そうか、と言ったきり天井の一点を見つめたまま動かなくなった。あまりに動かないものだから、また寝てしまったかな、と思ったけど、時折見せる瞬きに、一応意識はあるようだと思い直した。その瞬きを数えるように私も御堂筋くんをぼんやりと見つめる。そうしていくらかの時間が経った後、御堂筋くんが顔だけをこちらへ向けた。


「珍しなぁ、なぁんも言わんの、いっつもウザいくらいおしゃべりのキミがぁ」
「何か言うてほしいの?」
「いらんわ」


そうだと思った、と苦笑だけをこぼした。これだけ減らず口が叩けるならある意味安心だ。


朝焼けの景色に鳥の鳴き声だけが響く。うるさいくらいの静寂に耳を澄ませて、目を閉じた。

一昨日の夜、御堂筋くんが退部すると言って走り去ったその背中をただ眺めていたときの私は、こんなに早く、またこうして言葉を交わすことができるようになるとは思っていなかった。御堂筋くんは帰ってきてくれたんだ、きっとこれからゆっくり、話もできる。焦る必要はない。




「…電話、あれなんやったん」
「え?」


再びの沈黙の後、突然短く発せられた言葉に、空耳かとつい聞き返してしまった。これこそ珍しい、御堂筋くんが自分から私に質問するなんて。



「留守電入れたやろ。ごめん、て」



意味わからんもん残しよって。御堂筋くんは小さくそう呟いた。

なんだ、聞いてくれてたんだ。意外と律儀なところあるんだね。さすがにそれは言わなかったけど、答えを促すようにこちらを見据える視線に、観念したような気持ちで私は口を開いた。



「…私ね、いつもぶれない御堂筋くんに安心してた。マネージャーのくせに、御堂筋くんの強さに、頼り切ってたんよ。御堂筋くんのこと、ちゃんと信じきらんかったくせに、都合ええなあ」


思いの外、御堂筋くんは何も言わずに聞いてくれている。じっと私を見つめる丸い目に向かって続けた。


「ごめん。御堂筋くんの考え、ちゃんと理解してあげれんで。私、上辺だけでわかった気になって、偉そうなことばっか言ってた」


だから今までのこと、謝りたかったんよ。そう言うと、御堂筋くんはふんと鼻を鳴らした。


「…べぇつに、ボクはキミィにわかってもらわんでもええけど」
「それでも。私、もっと御堂筋くんのこと知りたい、支えたいと思うよ」


御堂筋くんは長い舌を垂らした。


「…キモッ、どいつもこいつもほんまキモ過ぎてかなんわ」



その「キモい」が、いつもより柔らかく聞こえたのはたぶん、御堂筋くんも疲れているからだろう。きっと、そうだ。


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