目にかかった光が何だか眩しくて思わず背を向けた。足元で感じた肌寒さに、ぶるり、体を震わせる。毛布に包まってみたものの、薄くて役に立たないので諦めた。うっすら、重たい瞼を開けてみると、小さな窓からは日の光が差し込んでいる。そういえば昨日キャプテンが、「次の島が近づいてきたから海底から浮上する。」と言っていたのを思い出した。



「寒..」



口からは白い息が洩れる。ふと視線を落とすと机上のカレンダーが目に入った。



「あ..」



何重にも丸がつけてある今日の日付け。
そうだった、今日は―。

思わず顔が緩んだけれど、この想いは胸にしまっておくと決めたんだ。思い切り体を伸ばしてから起き上がると、窓から外を覗き込む。けれど、真っ白で何も見えない。もしかしたらと思うといてもたってもいられなくて、クローゼットからコートを引ったくり部屋を飛び出した。



「わ!」



視界に飛び込んできたのは、一面の白。私が一番好きな色。だって白は故郷の色だから。頬を掠める空気に懐かしさを感じる。こんなことではしゃぐなんて随分子どもじみていると自分でも思うけれど、今日は特別だ。だって、今日、雪が降るなんて。

嬉しさのあまり甲板に積もった雪を踏み締めていると、そこには既に足跡が。私のものより一回り大きい。そういえば昨日、不寝番をするはずのキャスケットが、珍しく風邪なんか引いてしまったものだから、代わりに誰がやるんだと、食堂で揉めていたっけ。

「名前は二日連続になってしまうからいいよ。」と、ペンギンが気を遣ってくれたので私はその場を後にしたけれど..結局誰がやることになったのだろう。キャスケット、きっと後で文句言われるんだろうなあ..でも自業自得というところだ。


足跡を辿って歩いていくと船首には誰かの後ろ姿。雪を踏み歩く私の足音に気付いたのか、その人はくるり、こちらを振り返る。その表情は少し驚いたようだっだけれど、視線の先にいる人物が私だと分かると、一気に表情を緩めて優しく笑うんだ。



「早起きだな。まだ6時前だぞ?」

「キャプテンこそ。目の下の隈、酷いですよ?」

「あァ、不寝番だったからな。寝てねェ。」


..キャスケットの代わり、キャプテンだったんだ。お気の毒に、というような顔をしてみせると、私の髪をくしゃくしゃ撫でて。



「俺が言ったんだよ、代わるって。たまにはいいだろ。いつもお前らがやってくれてるんだ。」



予想外の言葉に少し耳を疑ったが、本当はクルー想いのキャプテンのこと。きっと俺がやるからと、さらり、言ってのけたんだろう。



「それに、」

「え?」

「こんなにいい天気なんだ。不寝番したかいがあったってもんだろ。」



これを「いい天気」なんて言うのは、きっとこの船のクルー達だけ。何だかおかしくて、思わず笑ってしまう。顔に触れては溶ける雪が気持ちよくて空を見上げれば、吸い込まれるような、白。私達が愛してやまない故郷でも、今日、雪は降っているのだろうか。



「名前、睫毛に雪。」



そう言ってキャプテンが雪に触れると、指先の熱でじわりと溶けた。触れられた瞼が熱い。どうしてだろう?外はこんなにも寒いのに。

どきどきする。呼吸ができないくらい。心臓の鼓動が煩く感じる。波の音さえも雪に掻き消されてしまうくらいの静けさ。キャプテンに、この音が聞こえてはいないだろうか?

何か、何か言わなくては。この沈黙をどうにかして破らないといけないと考えていると。


「あ。」



頭に浮かんだのは。



「どうした?」



そう、今日一番にあなたに伝えたかったこと。



「誕生日。おめでとうございます、キャプテン。」



彼は一瞬目を大きくすると、被っていた帽子をさらに深く被る。その表情は私からは見えなくなってしまったけれど、ねえ、照れているんでしょう?一歩、傍に近付いて帽子の下から顔を覗けば、キャプテンは顔を赤く染めて視線を逸らすの。



「キャプテン、顔、真っ赤。」



そう私がからかうと。


「うるせェ。」



ぐい、と私の腕を引き寄せ、はらりと落ちたキャプテンの帽子は雪の上。私の思考は一時停止。



「キャプテン、帽子..」

「そんなもん放っておけ。」

「キャプテン、」

「うるせェ、黙ってろ。」



キャプテンの藍色の髪が頬にかかってくすぐったい。ああ、私、今抱きしめられているんだ。そう頭で理解すると、とたんに体が熱くなってきて。



「何で..」

「名前が悪ィんだからな。」



あんな顔で俺に笑いかけるから。そう耳元で囁く声に、眩暈がした。



「ずっと触れたかった。悪ィがもう我慢できねェ。」



背中に回る腕の力が強くなる。それに応えるように、私もそっと彼の背中に腕を回すの。

だめだよ、もう。止まらない。



「好き。好きだよ、キャプテン。」



指先が、声が震える。胸が苦しい。呼吸が、できない。



「俺はその何倍も、お前を愛してる。」



東の空から見える微かな光は、雲に隠れながらも、もう辺り一面を朝の景色に変えている。抱きしめ合った腕を緩めると、瞼にそっとキスされて。額と額がぶつかりゆっくり唇が近付くと、遠くで誰かの足音が聞こえた。



「あ!」



とっさに離れようとしたら、逆に強く抱きしめらる。引き寄せられた体からは、キャプテンの心臓の音が聞こえたんだ。



「誰か来ちゃいます、キャプテン。」

「いいじゃねェか、見せつけてやれば。」



ぐい、と顎を上げられると、唇が当たった。思わず目を見開く私の前には、瞼を閉じたキャプテン。長い睫毛が綺麗で思わず呼吸を忘れそう。深くなっていくキスに合わせゆっくりと瞼を下ろす。すぐ後まで誰かの足音が迫ってきてはいたけれど、もう、どうでもいいや。

このまま、あなたの全てを感じていたいの。








たったひとつの愛を君に捧ぐ





あなたの全てが愛しいよ。生まれてきてくれて、ありがとね。










project/「オパールを捧ぐ」様に提出
20101006 mary








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