一瞬、何が起きたのか分からなかった。 体の中まで焼かれるような痛みを感じ、頭がぼんやりしてきて上手く動くことができない。そのまま前のめりに倒れ込むと、そこは最愛の人の腕の中だった。 「エース..!」 「..ごめんなァ、名前。」 息が上手くできない。 苦痛に思わず顔を歪めると、目の前に見える俺を映す黒い瞳が、少しずつ滲んでいく。 「名前..泣いてるのか?」 愛しい彼女の頬を伝う涙を拭おうとするが、上手く手が動かない。 ―もう少し、もう少しで届くんだ。 こんなにも近いのに遠い、この距離は何なんだろう? 「誰か!誰か助けて!!」 「無駄だ..自分の命の終わりくらい分かる。」 お願いだから、泣かないで。俺は、お前にそんな顔をさせたいわけじゃない。 「名前..」 「エース、嫌だ..こんなの..」 「名前、聞いてくれ..」 絶対幸せにするって言ったのに、約束、守れなくてごめん。 「俺は、お前がいなきゃ生きようとは思わなかったよ..」 お前はよく読んでいた恋愛小説みたいな、誰もが憧れるような甘い恋をしたがっていたけど、俺達は主役の二人みたいになかなか上手くはいかなかったよな。でも、お前が悲しんだり苦しんだりしていれば、俺はあの本の主人公にだってなれるような気がしたよ。 「俺が本当に欲しかったものは、俺は生まれてきてよかったのか?その答えだった。」 いつか二人の子どもが生まれたら、南の海で静かに暮らそうって話したっけなァ。一緒に歳をとろうって優しく笑うお前を、心から失いたくないと思ったよ。 それからかな、前より死ぬことが怖くなったのは。だけど、本当に怖いのは死ぬことなんかじゃないんだ。名前、お前と離れちまうことなんだよ。 「..エース、泣いてるの?」 名前。こんな俺を愛してくれてありがとう。こんな俺に人を愛することを教えてくれてありがとう。こんな俺の目からでも、涙を流せることを教えてくれたのはお前だった。力一杯愛情をぶつけてくれたり、抱きしめてくれたりしたのもお前だったよ。 「名前..愛し..て、る。」 俺は、お前にとって誇れる男になれただろうか? 「エース、愛してる。世界中の誰よりも。」 そう言うと、彼女は俺にキスをした。 薄れゆく意識の中、最後に俺の瞳に映ったものは、涙で滲んだ彼女の精一杯の笑顔と、俺の好きな彼女の黒い瞳に映る、俺自身の笑顔だった。 静かに僕は、消えてゆく 君の愛に埋もれながら、眠るように目を閉じるんだ。 20100804 mary |