窓から入り込んだ潮風が、そっと頬を霞める。それは、途切れかけていた私の意識を一気に引き戻した。


眠りに落ちるとき、それは私にとってこの上なく気持ちよく幸せな瞬間。なのに、それを邪魔されるとは心底気分が悪い。気を取り直してもう一度、と瞼を閉じてはみたものの、やたらと意識がはっきりしてしまい眠れなくなってしまった。ゆっくりと閉じていた目を開き、枕元の時計に手を伸ばす。時計の針は0時53分を指していた。


「もうすぐ1時か..」


このまま布団の上で転がっていても眠れる気なんてしない。かといってこんな夜中、この船に起きている人間などいないだろう。やれやれ、散歩でもして気分転換するしかないのかしら。


昼間とは違い、物音のしない廊下。乾いた空間に、時折床が軋む音が響く。甲板へと歩いて行くと、見慣れない後ろ姿が見えた。いつもは見えない藍色の髪が月に反射して、そこだけがなぜか色鮮やかに目に映る。


「キャプテン?」


目の前の影が私の声に反応し振り向く。彼の表情は月が逆光になってよく分からなかったけれど、きっと驚いていたように思う。だって、少しだけ肩跳ね上がった気がしたもの。


「..お前か。」


いつも通り愛想のない声でそう言う彼の隣に肩を並べる。目の前には深い深い青。夜の海はキャプテンの髪と同じ色をしている。


「こんな時間に何してる?」

「何って..眠れないのよ。そっちこそ、こんな時間に何を?」

「俺は見張りの交代だ。」

「交代?」

「シャチの奴が潰れちまったんだよ。」



不機嫌そうに溜め息をつくキャプテンに、我慢できず思わず笑ってしまった。そんな私の顔を見た彼の顔が更に不機嫌になるものだから、何だか子ども染みていて面白い。そんな私の心境を察したのか、キャプテンはわざとらしく顔を背けた。


「まるで子どもね。」

「いつまでも俺を子ども扱いするな。」

「あら、私にとってあなたは、」


そう言いかけたとき、キャプテンが私の手首を掴んだ。


「俺は、アンタが思ってる程、子どもじゃない。」


目線を掴まれた腕に移す。私の腕なんてびくともしない、強い力。昔は私の方が強かったのに、いつの間にこんな成長したんだろう?高かった声も低くなって、可愛かった表情もいつしか頼もしく見えるようになってきた。本当は、分かっている。キャプテンが、ローが、いつまでも子どものままではないということくらい。


「..離して。」

「嫌だって言ったら?」

「何言ってるのよ。さっさと離して。」

「本当、普段頭の回転がいいくせして、肝心なときにニブいんだな。」

「え?」


驚いてローの顔を見上げた私の目に飛び込んできたものは、私を射るように見つめる彼の視線。それがあまりにも真剣だったから、私は目を逸らすことなんてできなかった。


「ロー?」

「名前。」


久しぶりに彼の口から呼ばれた名前。それは紛れも無く私のものなのに、なぜか特別なもののように聞こえたの。


「名前、俺は―」



ローの手が、私の頬にかかる。それと同時に廊下に響き渡る時計の鐘。退屈だった二人の関係は、もうおしまい。







25時の密会





その口から溢れ出すのは、終わりのない愛の言葉。










project/「24時の魔法」様に提出
20110625 mary








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