海は凪いでいる。まだ寒いこの季節に海に来ようなんていう物好きはやっぱりいないらしく、潮の匂いが自分だけを包んでいるのが分かった。一人佇む砂浜で裸足の足に纏わり付く砂は、なぜだかいつものように鬱陶しくはなかった。ほんの少し、消えそうな熱を持った砂はむしろ彼に微かな心地好さをくれている。
鬼道にとって海は始まりの地であり終わりの地だった。全ての生命は海から生まれた、ということを鬼道は半ば本気で信じていた。そして、半ば本気で否定していた。
しかしたとえどちらにしても彼は自分が海を好きだということに変わりないと思っている。それは綱海のそれとは違う。どこが違うのか明確には分からなかったが、同じでない、ということだけはっきりと感じ取っていた。
「いつまでそうやってるつもりだ?」
びっくりして隣を見た。いつのまにか隣に並んだクラスメイトに話し掛けられたのだと分かる。
いつ並んだのかわからない。風丸は気配を消すのが驚くほど上手い時があって、あのいつも見る凜とした雰囲気のどこからそんなことが出来るのか理解できなかった。
「…恐いんだよ、お前は」
「は?」
思いっきり怪訝そうな目で見られた。風丸は潮の匂いを纏ってはいなかった。短時間ながら潮の、胸がすくような匂いになれてしまった鼻にそれは酷くくすぐったく思えた。シャンプーの匂いと、服の匂いと、あと、よくわからない色々なものがないまぜになった匂い。
「海の香りがする」
「そりゃあ、ここは海だからだろ」
至極当然だというように喋る風丸をついつい笑いそうになってしまった。
(…そういう意味では、なかったんだが)
風丸から海の香りがしだしていた。
口元が緩まないように気をつけながら、鬼道は海の方へ歩きだした。風丸がゆっくりと後ろを歩いていた。

「待てよ鬼道ー」




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