溶ける
青緑の薄い夜の始まりが、静かに近づいてきている。空を一度見やってまた目を落とした。自転車の鍵を開け、ゆっくりとそのサドルに跨がる。高い空に僅かばかりの恒星が瞬いていた。
頭上に、広く薄く延びた天上にどんなに背伸びをしたって届かないのは既に知っていた。自分は一介のヒトでしかないことも。
(寒いなあ)
些かスローペースで自転車をこぎながら思い出したように首を縮めた。後ろに舞うマフラーを気にしながらはく息は白かった。
冬が好きなのだ。
積もる白磁の雪と、夏には見ることが適わない澄んだ渦巻く空気。吸い込めば心の臓ごと冷やされるあの感覚が気に入っていた。
「どーもーんー」
呼ばれた。また息を吸い込んで振り返った。