「何を?」
「とぼけないで。一之瀬だよ」
「待ってるように見えるのか?」
「そうにしか見えない」
いつもの彼に比べれば大分真剣であろう口調で言い切った松野に半田はまた曖昧な笑いを返した。今は見えないが、彼の半月を形作る瞳を今でも少し苦手だということは言っていない。その瞳に、半田は今真っ直ぐ見据えられているのだ。

「そうやって、いつも困ったみたいに笑って――それでいいわけ?」

「いいとは言わない。でも、やめるなんて、今の俺には出来ないんだよ…」
軽蔑されたかもしれない。そう思って返事を待てば、彼がごくごく小さな声で半田のばか、と言ったのを聞いた。やり切れない、という形容詞が今の松野にぴたりと当て嵌まる気がした。どことなく泣きそうに聞こえたのは耳の錯覚だと思う。そうさせてしまったのは半田自身だったのだが、正直あるのは申し訳ないような、むしろ何も思っていないように錯覚してしまいそうになる他人行儀な気持。

「じゃあな、松野。――また明後日」
「…またね、半田」

当たり前だが、また、なんて言葉に確証はないのである。もしかしたら明後日松野に会えはしないかもしれない。半田の通話終了ボタンを押す指は微かに震えていた。松野は明後日部活に来るだろうか――…



「一之瀬」
それに返事をする人間はいない。半田は、さよならの日に一之瀬が言った言葉を思い出して少し泣いた。

『半田、好きだよ』
『は?』
『じゃあね!』
『ちょ、一之瀬!』
『返事は俺が帰った時にね』

振り返り、にっこりと笑った一之瀬は嫌というほど様になっていた。だから何も言えなかったのだ。本当は言うべき事が沢山あったはずなのに。
(一之瀬の馬鹿野郎、なんで去り際なんかに言うんだ…)
それは、一之瀬が行ってしまうちょうど前日だったと思う。

俺も、彼も、あいつも皆馬鹿だと半田は思って、そうしたら泣き止んだ時には自然と笑えていた。






:タイムラグ、ある日の記憶
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