さて、つまり俺と彼女の間には関わりなんて細い糸ぐらいも無いわけなのだが。この状況を黙って見過ごせる程俺は出来た人間ではない、ということだけは確かだ。俺にとっても、きっと彼女にとっても異国のこの地で、俺は僅かばかりの正義感に任せて声をかけた。
「お待たせ。待った?」

四、五人の男達に囲まれていたのはスーツ姿の日本人であった。特徴的なピンク色の髪を持った少女。男達の間からやめてってば、なんて声がしたから声をかけてみたものの、意図せず目を惹かれてしまった。

しかし忘れられないのは彼女の瞳である。ともすれば自分より深いのではないかと錯覚する青。その目が声をかけた瞬間に驚いたように見開かれ、気づくとにっこりと細められていた。そして笑顔と共に口から出た肯定の言葉。

「遅いよ、フィディオ」

脚で遊んでいたサッカーボールを、思わず落としそうになるくらいには驚いた。



「どうして、俺の名前を?」
イタリア街をあてもなく歩きながら聞いてみた。まだ彼女に行き先を聞いていないのは、単に聞きそびれたからだけではない。

「そりゃあ知ってるさ。お前有名人じゃないか」
「うん、まあそうだけど…」
「あ、私は塔子。財前塔子っていうんだ。よろしくな、フィディオ」

彼女は俺の知っている女の子の、どのタイプとも違っていた。タイプなんてものを女の子につけたら本当はいけないことは分かっているけれど、多少は大目に見てほしい。
「でも塔子…トウコって、どこかで見たことがある気がするんだけど」
「ああ。それ、きっと私のパパが日本の総理大臣だからだよ。私はSPの仕事してるから、何かの拍子に見たのかもね」
言い慣れているように塔子は一息で話した。見間違いかもしれないが、一瞬彼女の目が険しくなったような気がした。勿論気のせいかもしれないが。

「トウコは、サッカーするの?」ふと気になったので口にだしてみる。すると塔子は先程とは打って変わった、しかし、それでいて全く同じ煌めきを振り撒く笑みを作り出した。

「上手いよ?私は」
言葉と共に、心が揺さ振られたのを感じた。どうやら自分は短時間でこの少女に形容しがたい思いを抱いてしまったらしい。それを恋と片付けるには少し忍びない気がした。

す、と顔を近づけて触れるだけのキスをした。一瞬呆けた表情を作ってから真っ赤になった彼女に向かって、俺は言い訳できないなあ、と思いながらボールを蹴った。




:後戻りなどできないくらいに
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