「戦争が、始まるわ」
瞼を降ろしたまま雷門は静かに告げた。
朝礼台に立つ雷門はいやに様になっていた。誇りと威厳。隠しきれない(隠すつもりもないだろうが)オーラとでも言うようなものが滲んでいた。
「私達に直接関係があるかは、まだわかりません。どこまでの大きさになり、どれくらいの被害になるのかも――…」
ただ、と雷門。彼女はどこを見ているのか。
「確実に、この中からも戦争に行く人は出ます。」
ざわめく、ざわめき。
「…特別な子供として」
雷門の瞳の光が妙に目の奥に残っていた。その時はまだ、この光に後から泣きそうなくらい悩まされることになるなんて想像もつかなかったのだ。


「…どうなるんだろう」
口に出した言葉はどこかへ吸い込まれる。返事をしてくれる人がいないのは当たり前で、なぜならここは塔子の一人部屋だからだ。
「特別な子供って…」
思い返すと、この間読んだ本にそんなことが書いてあった。本棚の奥で埃という埃を全て被った本を引っ張り出したその日は、確か重い曇りの日だった。
『貴女、どうして見えるの――!!』
開口一番。声を荒げて言葉を叩き付けられ、あの雷門夏未と呼ばれる少女と出会ったのもその日だった。読んでいた本を引ったくられた時、不意に破れた一ページは今も手元に残っている。
(返したほうが、いいのかな)
しかし返す術は無い。あの雷門夏未という少女はどこにいるのか全く分からないのだ。授業中ですら教室にいないという話を風の噂で聞いたのはあの日の翌日。それに、塔子はいまいちこの破れたページを返す気になれなかった。なぜなら掌程の大きさのページには、走り書きでmad、と書いてあるだけだったからだ。
(mad、マッドって…)
そのことを考えているうちいつの間にか塔子は眠りに落ちていた。直前、雷門夏未の赤黒い瞳が脳裏を過ぎった気がした。



『貴女はいずれ…いいえ、なんでもないわ』
急な覚醒。まだ不明瞭な頭を抱える。

(…なんの夢だ)
考えても分からないことは考えないほうが良い事を、塔子はこれまでの経験から学習していた。欠伸を一つし、彼女は立ち上がって顔を洗いに行った。




第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -