「いたい、いたい。」
ぼろぼろ、大粒の涙を零しながら泣くジャーファルは、決してなにか怪我をしているから涙しているわけではなかった。ぐちゃぐちゃに顔を歪ませ、ただただ泣くその姿は幼子を連想させる。シンドバッドは半ば思考が止まりかけながら、呆然と何も言うことが出来ずにそれを見つめていた。
「ジャーファル――…」
言おうとして、やはり何も言えなくて、名前を呼んだだけになってしまった。この一番近い従者の涙を、思えば長い間見ていなかった。つい最近見たのは、まだ若い未熟な少年の涙。友の骸を腕に抱き涙を零していた。明るい太陽のような少年のあの時泣いていた姿が、今一瞬目の前の青年に被った。二人は全くタイプが違うと思っていたのに、涙を零す姿が似ていると感じるなんて、なんともおかしな話だとシンドバッドは思った。
「ジャーファル」
名前を呼んでも、ジャーファルは涙を零すのをやめない。においがまるでしないこの無機質な部屋は、いまにこの青年の涙で沈んでしまうかもしれない。
「泣くのをやめてくれ、ジャーファル。お前が泣くことなんてないんだよ」
青年の泣く顔を見たくなくて、シンドバッドは彼の背中に手を回した。それでもまだ泣いているのだろう。ちょうど肩の位置に顔がきたせいで、今までシーツに落ちていた涙が、今度はシンドバッドの背中に転がり落ちていく。
(冷たい…)
背中に花が咲くように冷たさが広がっていく。
「本当に、良いんだ。俺の為にお前が泣くことなんてないんだ」
言いながらジャーファルの背中をさする。触れた所から人間一人の暖かさと、人間一人が抱えるには少し大きすぎる寂しさが流れ込んできた。
シンドバッドは目を閉じる。耳の奥にジャーファルの嗚咽がこだました。
「あなたの、ためになんか…泣く、わけないでしょう…」
これは自分の我が儘だ、と青年は言った。
「あなたを、見ているといたい」
ずっ、と鼻を啜りながら言ったジャーファルの言葉を、シンドバッドは黙って聞いていた。どこか覚束ない思考で。
「あなたがいたいとか、そういう肝心な事を、全然言わないから。私は、時々、泣きたくなるんです」
「…すまない」
ただ謝るしかシンドバッドには出来なかった。ジャーファルが泣いているのは、どういう理由であれ、自分に無関係ではなかった。そのことがなんだか悲しかった。
(ジャーファル…)
心の中で名前を呼んだ。閉じた瞼の裏に涙が浮かびそうになって、シンドバッドは慌ててきつく目を閉じなおした。
(お前は、もっと自分のために泣いて良いんだよ)
口には出さない。口に出しても叶うような気はしなかったからだ。彼はシンドバッドのためになど泣いてはいないと言ったが、シンドバッドは、そんなふうには彼の言葉をとれなかった。
(はやく、はやくそれに気づいてくれ)
いつか、ジャーファルが自分自身のために泣ける日は来るだろうか。願わくば、その時に隣にいるのも自分でありたい、とシンドバッドは思った。
いつかその日が来たら、笑って彼を慰める役は、どうか自分でありたい。


title:なみだのうみ
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