リトル・リトル・リリアン
彼は夜の海に似ていた。私はそんな彼が恐かった。そちらに行けば足を掴まれ引きずり込まれそうだったからだ。どこからが境界線かわからない彼の存在は屡々私を怯えさせる原因となった。
本当はずっと、手を握ってみてほしかった。ただそんなことを言う勇気が無かった私は、いつだってじっと彼を見つめるだけなのだ。私の心はどんよりと暗く、湿っぽい雲の分厚いベールに覆われて、しかし泣くことはない私の存在は、実際はとても彼を困らせているのだと思う。好きだよ、と囁かれても、張り付いたように喋れなくなるだけの私を、一体彼はどう思っているのだろうか―――
『フィディオには、もっと似合いの女の子がいるだろ。告白されることなんて日常茶飯事だろうに』
『トウコは俺の事が嫌いなの?』
『そんなこと言ってないだろ…』
『じゃあ、もう一回言うけど――』
好きだ、と言ったフィディオの瞳は、知っている限りの中では一番真剣なものだった。宿る光は私を突き刺し、否応なく現状を実感させた。思い出せばだすほどあの光が脳裏をちらついて離れない。実感する、自身があの光に焦がれているという事実。思わず顔が歪んだ。
(私は)
私は傲慢だ。驕っている。
彼が言った言葉に甘えてぬるま湯に浸かっている。